苦くて、痛い。
今の気持ちを表すには、ピッタリで。
僕には、ちゃんと彼女が居るのに。
仲の良いクラスメイトが、異性の後輩と話している光景。
それを思い出すだけでも。
どす黒い感情が、胸の底に渦巻くのを感じる。
そんな自分と向き合いたく無くて。
頭から追い出そうとしても。
しっかり僕を縛り付けて離さない。
気づいたら、こう呟いていた。
言えないはずの言葉を。
......."本当に幸せ"なら、そもそも考えないような事を。
罪悪感から逃げるように。
大好きな人の顔を思い出そうと、目を閉じる。
.......でも、残酷にも浮かんで来たのは。
『井上くん、ありがとう』
『いつも頼ってばっかりでごめんね.....』
瀧野さんの、色々な表情。
誰かの一言で一喜一憂してしまうような、あの子の顔。
詩音との思い出が、
瀧野さんの控え目な笑顔に掻き消されて行く。
あんなに嬉しかった手を繋いだ瞬間も。
もう薄くて。全然思い出せない。
詩音が好きだから告白したのに。
瀧野さんを、重ねて見ていたみたいだと。
抱いた恋心を、全部。
詩音に向けた物だと、錯覚していたのであれば。
僕が本当に好きになったのは。
ようやく導き出された答えが、心の真ん中に落ちる。
ズレていたピースが綺麗にはめ込まれて行く感覚に、
前髪をクシャッと握った。
そうすれば、誰も傷つけずに済んだのに。
反射的に立ち上げた某メッセージアプリ。
そのトップにあるトークルームをタップして。
『話があるから、放課後会える?』と送信しかけ、やめた。
瀧野さんへの恋心を自覚した今、
あの後輩が動き出す前に先手を打たないと。
考えたくも無い結末が現実になるのは、明らか。
散々突っ走った挙句に焦り始めている自分に嘲笑した。
一度は告白した人を突き放しても。
彼女を一途に想って居る後輩を押し退けてでも。
隣で笑って居て欲しい人が居るから。
明日俺は。好き"だった"人を傷付ける。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。