前の話
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現在時刻午前2時過ぎ
キャンパスのような夜空を漂っていた雲が晴れ、満月が一際美しい輝きを放つこの時間帯────二人の男女が抱擁を交わしていた。
人気の少ない路地裏で、まるで恋人のように密着する彼ら──しかし、実際には、男の方が女の方を襲っていたのだ。
だが……目的は金品を奪う事でも息の根を止めてやる事でもなく、ただ、己の『飢え』を癒やしたいという……一種の衝動に近いもので、何も深い考えや恨みなどないのだが。
敢えて人間の論理で表現させてもらうなら───喉が渇いたから、腹が減ったからと言い……無意識に冷蔵庫を開ける時と、全く同じ感覚。
それが────『彼ら』にとって、当たり前の夜だった。
長い黒髪をかき上げて、女の首筋に男が噛みついた。
その吊り上がった口角から覗いていたのは───野生の狼のような牙。
女が声帯が張り裂ける程の絶叫を発しても、緑髪の男は一切気にする様子がない……むしろ、悲鳴をも一種の娯楽として、愉しんでいるようにも見えた。
頸動脈に傷をつけられ、ドクドクと脈打つ血液が流れ出し、彼女の浮き出た鎖骨を伝う───それを男が、貪るように舌で舐め、自らの喉へ運んでいた。
そして───満足そうな、恍惚とした表情を浮かべる。
ニヒルに笑う彼の言葉通り、女の瞳は次第に虚ろな物となり───全身が、痙攣したように震えている。
それは酸素が十分に行き届いていないのか、それとも何らかの力で、筋肉が操られているのか……自らの身に起こっている事態を、考える余力すらこの女には残っていなかった。生きるので精一杯だった。
不揃いになった呼吸をして───彼女は、朦朧とする意識の中、走馬灯に近いものをぼんやりと眺めていた。
既にその網膜には何も映り込んでおらず、光を失った眼球が視界に捉えるのは絶えず虚空のみ。
彼女は、自分がどうなるのかについて、考えを巡らせてしまった事を……想像してしまった事を後悔した。
どうせ変わらない結果なら、早くに心を砕くような事をするべきではなかった、と────
遂に指一本動かせなくなり、完全にアスファルトに転がる温い死体と化しても────女の脳内では、今も誰かの声が、壊れたスピーカーのように流れ続けていた。
女が全てを諦めたかのように、思考を放棄した───その時。
男が……悪戯っぽくほくそ笑む。
はみ出たのか、今も唇から赤い雫を滴らせながら───まるで小悪魔のように、女の耳元で囁いた。
「俺の“眷属”になって?」
男の血に濡れた指先が、女の頬を、首筋を、鎖骨を、泡立つ頸動脈をなぞる。
彼女の生気を失った瞳に───海月のような、青白い球体が映り込む。
────“月の狂気”、とでも言うのだろうか。
一切の欠けた部分の見当たらない……恐ろしいぐらい明媚な満月は、時に霊気を発して人々の精神を錯乱させると───古来より言い伝えられたきた。
それ程までに月というものは、大昔から何者にも畏怖の念を与え続けてきた。
男の三日月の如く吊り上がった口端から、尖った『それ』がはみ出る。
そして────劈くような悲鳴が、再び烏夜を切り裂いた。
家に響き、街に轟く……まるで、ひどく煩いファンファーレのような声が───この闇を埋め尽くすのに、そう時間は掛からなかった。
“吸血鬼”の血を与えられた人間は、“眷属”として奴らの従順な下僕と化す。
だが……稀に、吸血鬼の血に抵抗を持つ者が存在し……彼らにその血が与えられた場合、体内で互いの血が暴走して絶命する────そう、通常は。
その中でも、更に極稀に……人間の血と吸血鬼の血が混じり合った、“混血種”と言う状態で生き残れる存在が……後天的に現れる事がある。
彼らは“半吸血鬼”と呼ばれ、不死の吸血鬼をも殺す力をその身に宿す、と───伝承には、そう伝えられている。
しかし───実際には半吸血鬼は脆い存在で、人間からも人外からも、不純な存在として忌み嫌われる事になる。
そして、後天的に体内で二種の血が巡っているため、身体が血の巡りに適応する事が出来ず………半吸血鬼は、必ず早死にすると言われている。
「貴方の鼓動が止まるまで」
第一章【無彩色の葡萄酒】







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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。