前の話
一覧へ
次の話

第1話

わかってんだよ。
1,465
2024/10/05 15:03 更新







“何もわかってないよ。お前は”




わかってなかった本当に。君がどう思ってたとか、俺に対してしてくれたこととか、日々の気配りも声がけも何も。2人分の部屋を1人で使っている今、地球儀をくるくると回しながら1人で呼吸している。2人分で払ってた家賃を1人で払うには食費を節約しないといけなくて。でも、なんとなくこの家がなくなったら全てがなくなる気がして未だにずっと手放せない。


人生のパートナーとして、君はいい人だった。
いや、“いい人だった”では片付けられないほどだった。俺の言動行動に何か言ってくることがあってもそれを完全に否定することはなかった。大きいほうが良いとクイーンサイズベッドを購入したのを今更後悔するのは遅いとわかっていても、柔らかいマットレスに体が沈んでボーっと天井を眺める時間が嫌いだ。でも心では君を欲している。



わかってる。現実から逃げてるということは、過去自分が犯したことを今更後悔したって。ベッドなんて比にならないぐらい意味ないのに。



このまま瞳が閉じればまた君との生活に戻っていて今みたいに通知を怖がって常時お休みモードにする必要もなくて酒飲んで肉食ってたまにお互いの欲を満たし合って。それぐらいの関係でいられたのに。





「久しぶり、」


「…上がって。ミオもいるから。」




5年ぶりに再会した俺達は気まずそうだ。
無理はない。俺達の間には処理しきれないほど重い問題があった。5年というときを経てとうとう今俺にもその問題が降り注いだということになる。



そう。
俺は、中学時代付き合っていた彼女を妊娠させた。



とは言っても知ったのはつい最近のことで、親からそれを聞いた時は頭を鈍器で殴られたようにズンと重い衝撃が体を駆け巡った。中学時代、貧しい知識で避妊をしながらも性行為を何度かしたことがあった。彼女も俺もゴムをつければ避妊になる。わかっていた。ただ、一度だけゴムをせずに挿れたことがあったという事実が思い出された。




今目の前にいる自分の子供は俺に似ていた。世間からみても隣を歩いていればきっと俺の子どもだとわかるぐらいには。ただ性格は元カノに似ていて知っかりとしている子だった。まだ幼稚園に通ってるとは言えど性格からは何処か元カノが思い出される。




自分には無関係だと思っていた、学生での妊娠と出産。正直結婚したいと言われても、養育費を要求されても受け入れる必要があると思っていた。それは君も言っていたことだし、なによりまだ小さいこの人形のような子の父親として最低限のことはしなければいけないとわかっていた。




「養育費も結婚も私は要らないわ。」


「その時貴方に言わなかったのは私。」



「辛いことばかりに決まってるでしょ」





「でも、今はいい人がいるから」






「ただ最後に、貴方の子供だから。」
「見て欲しかったの。」




隣には自分の子供が俺の腕を引っ張って遊ぼう遊ぼうとせがんでいた。本当に顔は俺にそっくりで変な感じがする。この子は俺の子どもだけど、俺はこの子の親じゃないってのが本当に実感させられるんだ。




「お兄さん!一緒に遊んでよー」




俺は君のお父さんなんだよ。なんていえなかった。まだ幼いこの子はきっと暫くしたら俺を忘れることになる。少し悲しいような気もするし、この年齢で最後に対面することになって、俺を忘れてくれるのは良かったとも思う。結局は俺はこの子とその母親を捨てた最低な父親に過ぎないから。




隣でお絵描きする子供の動画を許可をもらって撮って、母親に送った。



母親は泣いたらしい。
本当にそっくりだと。20歳の息子に4歳の子どもがいた。なんて言った時は死ぬほど怒られた。

男は金を出す?それで終わり?そんな訳ないでしょ。女は死ぬ気で産んで、自分の体を自分の心を自分の生活を犠牲にして育てんのに。アンタは1人で気づかなかったなんて言ってられんの???

って。その夜も母の部屋から啜る声が聞こえた。でもどうやら今日の涙はあの日の涙とは違うらしい。知らず知らずにできていた自分の孫がこんなに大きくなって、こんなに絵もうまくなって、でももう一生会えないだなんて、信じられなかった。と母は言う。




「何???結局結婚も養育費の要求も無かったって?」
「お前さー甘えすぎだろ。」
 



「わかってんだよ。でも、アイツの目みたら」
「無理やり出すなんて言えなかったんだよ」




「お前ほんとに最低」
「そもそもマクヒョンだって呆れて出てったんだろ」
「お前の今までと今の態度に。」




わかってんだよ。わかってる。
俺は最低だ。
夜1人でこうやって歩いてんのも、隣に君がいないのも全部俺だけなのも全部俺が犯したことなのはわかってる。でも俺にはやっぱ君しか考えられないんだよ。



「ロンジュナ。今日暇?飲みに行こうぜ」























「やっぱロンジュナ流石だね」
「来てくれると思ってた。」




「煩いな。どうせ1人で家で飲んでたら」
「物思いにふけって泣いてただろ」




「当たり前だろ。それぐらいの日だったんだよ」




「一丁前じゃん。最近酒飲めるようになったくせに」




「数ヶ月の差だろ大して変わんねーよ」 




こうやって友だちと話してる時間が落ち着く。落ち着くし、忘れられる。自身の子供のこともマークのことも全部全部忘れられる。20歳は4歳と違うから。酒の力に頼るしかないと実感した。


そこからはいろんなことを話した。俺の子供の事とかマークの事は一切触れてこなかったけど、大学の課題が終わらないだとか、学食の新メニューの中ではこれが美味いとか、家の近所の公園に猫が大量に住み着き始めて少し迷惑だとか。そういうくだんないこと。お互いベロベロになるまで酔いながらギリギリの意識でそれぞれタクシーに電話をかけた。ロンジュンのタクシーだけ異常に早く来るから一緒に乗せてくれと頼んだものの家が逆方向なやつ乗せるかよ。って断られた。




「おい。ヘチャナ」
「何してんだよこんなとこで、酔いすぎだろ」




俺のもとに来たのはタクシーではなかった。
あの時は見てなかったけど発信履歴もタクシーではなかった。




プリ小説オーディオドラマ