夜更けだった。
仕事を終えて帰宅した二人は、それぞれの時間を過ごしていた。
理人は風呂へ入り、威尊はリビングのソファへ腰を下ろしている。テーブルの上には飲みかけの麦茶。テレビは点いているものの音量は小さく、流れている内容はほとんど頭に入ってこなかった。
こういう時間は嫌いではない。
同じ空間にいて、それぞれ別のことをしているだけの時間。
無理に会話をしなくても安心できる時間。
威尊は膝の上に置いたスマホを開き、何となくSNSを眺め始めた。
動画を見て、写真を見て、流れてくる投稿をぼんやり追いかける。
そして気付けば、ある投稿へ辿り着いていた。
『おすすめ創作小説まとめ』
ファンが書いた作品を紹介しているアカウントらしい。
威尊は少しだけ興味を惹かれた。
どんな話を書いているのだろう。
そんな軽い気持ちだった。
だから深く考えずに開いてしまったのだ。
最初の作品は理人と大夢だった。
読み始めると意外と面白い。
文章も上手いし、展開もしっかりしている。
なるほど、と感心しながら最後まで読んだ。
読み終えて次を開く。
また理人と大夢だった。
人気なんやな。
そう思った。
さらに次。
また理人と大夢。
次。
理人と大夢。
次。
理人と大夢。
威尊は無言になった。
指先だけが画面を滑る。
理人と大夢。
理人と大夢。
理人と大夢。
「……多ない?」
静かな部屋に呟きが落ちた。
もちろん二人が仲良しなのは知っている。
大夢も優しいし面白い。
威尊だって好きだ。
だから人気なのは納得できる。
できるのだが。
ここまで続くと、何とも言えない気持ちになってくる。
少しだけ。
本当に少しだけ。
面白くない。
威尊は検索欄を開いた。
理人。
そして自分の名前。
検索。
表示された結果を見て、威尊は固まった。
「……え?」
少ない。
びっくりするくらい少ない。
ないわけではない。
だが圧倒的に少ない。
さっきまで何十件も並んでいたものと比べると、明らかだった。
「なんでやねん……」
思わず口から漏れる。
別に競っているわけではない。
作品の数で愛情を測るわけでもない。
そもそも創作なのだから。
そんなことは分かっている。
それでも。
胸の奥がちくりとした。
まるで自分だけ選ばれなかったみたいな、幼い感情。
威尊はソファへ深く沈み込んだ。
スマホの光が顔を照らしている。
理人とはよく一緒にいる。
仕事もする。
遊びにも行く。
写真も撮る。
ご飯だって行く。
それなのに。
「俺ら人気ないんかな……」
自分で言ってから情けなくなった。
俺は何を気にしているのだろう。
自分でも馬鹿らしいと思う。
そもそも創作だ。誰が誰を書くかなんて自由だし、そこに正解も不正解もない。
それなのに、検索結果に並ぶ作品数を見てからというもの、胸の奥に引っ掛かった小さな棘がどうしても抜けない。
威尊は膝を抱えた。
スマホを閉じようとして、また開く。
閉じる。
開く。
そして結局また検索結果を見る。
「何してんねん俺……」
ため息が漏れた。
見れば見るほど落ち込むだけなのに。
それでも視線が離れない。
理人と大夢。
理人と大夢。
理人と大夢。
もちろん仲が良い。
それは本当にそうだ。
だから嫌な気持ちになる資格なんてない。
ないのに。
どうしてだろう。
理人の名前の隣に自分の名前が少ないだけで、こんなに寂しくなるなんて。
威尊は額を膝へ押し付けた。
少しだけ拗ねている自覚はあった。
けれど認めるのも悔しい。
そんな微妙な気分のまま数分が過ぎた時だった。
浴室のドアが開く音がした。
続いて聞こえる足音。
理人だ。
威尊は慌てて姿勢を正した。
別に隠す必要はない。
ないのだが、何となく見られたくなかった。
理人なら絶対笑う。
それが容易に想像できた。
だからスマホを伏せようとした、その瞬間だった。
「何してんの?」
声が近かった。
「うわっ!」
思わず肩が跳ねる。
振り返る間もなく、背後から腕が回ってきた。
温かい。
風呂上がりの理人はいつも体温が高い。
首筋へ触れる濡れた髪が少しくすぐったかった。
「びっくりしすぎやろ」
笑いを含んだ声が耳元に落ちる。
理人は当然のように威尊の後ろへ座り、そのまま抱きついていた。
もう慣れている。
慣れているけれど。
心臓には悪い。
「急に来るからやろ」
「急じゃないやん」
「急や」
「威尊が気付いてへんだけや」
理人は楽しそうだった。
腕の力が少し強くなる。
逃がさないと言わんばかりに。
「何見てたん」
「別に」
「怪しい」
「怪しくない」
「見せて」
「嫌や」
「なんで」
「なんでも」
「絶対なんかあるやん」
理人は遠慮がない。
もともと好奇心旺盛な性格だ。
一度気になったら絶対に引かない。
威尊は知っている。
だから諦めていた。
どうせ見られる。
その予感は見事に当たった。
理人は少し身を乗り出しただけで、簡単に画面を覗き込んだ。
そして。
「あ」
短い声を漏らす。
威尊は一気に恥ずかしくなった。
理人は画面を見たまま黙っている。
一秒。
二秒。
三秒。
妙に長く感じた。
やめてほしい。
何か言ってほしい。
いや、やっぱり言わないでほしい。
そんなことを考えていると。
「ふっ」
笑われた。
「理人」
「うん」
「笑うな」
「無理」
即答だった。
威尊は顔を覆いたくなった。
絶対に馬鹿にされる。
そう思った。
しかし理人は予想外のことを言った。
「探してたん?」
「探してへん」
「俺とのやつ」
「探してへん」
「いや探してたやん」
「探してへんて」
「顔見たら分かる」
理人はくすくす笑う。
その笑い方が余計に腹立たしかった。
「そんな面白い?」
「めっちゃ面白い」
「最悪」
「威尊かわいい」
「かわいくない」
「かわいい」
「違う」
「かわいい」
何度も言われる。
理人は本当に楽しそうだった。
しばらく笑っていたが、やがて画面へ視線を落としたまま、少しだけ穏やかな声で言った。
「でも」
「……」
「そんな気にするんやな」
威尊は答えられなかった。
本当は気にしたくなかった。
大人げないと思う。
馬鹿らしいとも思う。
それでも少し寂しかったのだ。
理人の隣にいる自分が、誰の目にも映っていないような気がして。
そんなことあるはずないのに。
「別に」
ようやく出た言葉は小さかった。
「別に気にしてへん」
「嘘」
「嘘ちゃう」
「嘘や」
理人は即答する。
そして威尊の肩へ額を預けた。
濡れた髪が触れる。
少し冷たい。
「威尊」
「なに」
「こっち向いて」
「嫌や」
「なんで」
「嫌やから」
「向いて」
「嫌」
「向いて」
子供みたいなやり取りだった。
結局負けたのは威尊だった。
ゆっくり振り返る。
目の前に理人がいた。
距離が近い。
近すぎる。
風呂上がり特有の柔らかな匂いがする。
理人はしばらく威尊の顔を見ていた。
じっと。
本当にじっと。
見つめる。
「……なに」
「いや」
「なに」
「かわいいなと思って」
「もうええって」
「ほんまに」
「理人」
「うん」
「うるさい」
そう言うと理人はまた笑った。
そして今度は威尊の手を取る。
指先が絡む。
自然な動作だった。
まるで昔からそうしてきたみたいに。
「でもさ」
理人が言う。
さっきより少し低い声だった。
「本当は」
威尊は顔を上げる。
理人は笑っていた。
優しく。
どこか満足そうに。
「おれらがこんなにラブラブしてるからなあ」
「……」
「現実は分からへんで?」
一瞬。
威尊はぽかんとした。
何を言われたのか理解が追いつかなかった。
数秒後。
「は?」
ようやく声が出る。
理人は真面目な顔をしていた。
いや。
真面目な顔をしているだけで、絶対面白がっている。
「ほんまやん」
「自分で言う?」
「言う」
「恥ずかしくないん」
「全然」
理人は迷いなく言った。
あまりにも堂々としていて、逆に何も言えなくなる。
「だって」
理人は笑う。
「作品の中の俺は知らんけど」
絡めた指先をきゅっと握る。
「現実の俺は威尊ばっか見てるし」
威尊の胸が少しだけ鳴った。
「仕事中も」
理人が続ける。
「威尊おるなって見るし」
「……」
「移動中も威尊探すし」
「……」
「ご飯食べてても威尊やし」
「……」
「休みの日も威尊やし」
「……」
「家帰っても威尊やし」
理人はそこで少し笑った。
「むしろ威尊以外あんま見てへん」
冗談みたいな口調だった。
けれど。
その目は驚くほど真っ直ぐだった。
威尊は言葉を失う。
たぶん理人は気付いていない。
こういうことを平気で言う自分がどれだけずるいか。
どれだけ反則か。
きっと分かっていない。
だから困るのだ。
胸の奥にあった小さな寂しさが、ゆっくり溶けていく。
馬鹿みたいやな、と威尊は思った。
たった数分前まであんなに気にしていたのに。
今はもうどうでもよくなっている。
作品の数なんて。
人気なんて。
そんなものより。
理人が今、自分を見て笑っていることの方がずっと大切だった。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。