しっかりとシャツを掴まれているのにどこか頼りなげに感じるショウタロウ君の手を見つめる
ショウタロウ君は握っていたシャツから手を離すと申し訳なさそうにうつ向いた
片付けの続きをしようとする俺の手を掴んで明さんがカウンターで待っているように告げる
厨房の中へ入って行く明さんの後ろ姿を見送りながら、危うく自分の気持ちを打ち明けてしまいそうになったことにヒヤッとする
何も口にしなかったことに安堵しながらも、伝えられなかった気持ちが不完全燃焼に終わって心の中で燻る
カウンターに座り、明さんが用意してくれた湯呑みに触れる
少し熱いくらいの温かさが伝わってきて、自分の指先が思った以上に冷えていたことに気づいた
その冷えが酔いのせいなのか緊張からくるもののせいなのか分からなかったが、指先を温めるように湯呑みにしばらく黙って触れ続ける
晴人の名前が出てきて、先ほどの怒りがぶり返してくる
表立って態度に出しはしなくてもその俺の小さな気持ちの変化に気づいたのか、明さんの声は尻すぼみに小さくなった
二人の間に沈黙が流れる
湯呑みを持ち上げて口へ運ぶ
鼻に近づくにつれ、鼻腔をくすぐる緑茶の爽やかな匂いがした
ショウタロウ君が帰って行ったあと、片付け途中だった机の上をきれいにして店を出た
帰り道、誰もいない夜道で本音が漏れる
ショウタロウ君から晴人君に対してもっと腹を立てるべきだと言われたが、正直、腹を立てていない訳ではない
同じ日本人同士だし韓国のように上下関係がそこまで厳しい訳ではないとは思うが、それでも初対面の年上に対して酔っていたとはいえあの態度はないだろうと思う
上下関係に厳しい兄貴だったら、正拳突きくらい喰らわしていたかもしれない
だけど‥晴人君が話していたことは失礼だったけど事実だった
少しでも状況を良くしようとやれる事をやっているつもりではいた
だけど、まだ足りていない何かがあるのかもしれない‥
悔しそうに怒りに震えていたショウタロウ君の顔を思い出す
辛そうな表情で何か言いたげに俺のシャツを掴んだ時、ショウタロウ君は何を言おうとしていたのだろう‥
考えても答えが出てこないと分かっている問いを夜空を見上げながら考えた
あの日以来、晴人とは少し距離を置いて接している
晴人自身は変わらない態度で話しかけてくるし、俺も表面上は今までと変わりなくしているつもりだから晴人と俺以外の周りの人達は誰も気がついていないだろうが
デミョン「ショウタロウさん、少し時間いいですか?」
デミョンから珍しく声がかかる
デミョン「いや‥仕事の話ではないんですけど‥」
デミョン「悩みごと‥ではあります。僕の悩みではないですけど‥」
少し言いにくそうに話すデミョンを見て、晴人のことだろうと思った
デミョン「‥はい。平気そうにしてますけど、この間のこと気に病んでます」
自分でも信じられない位に冷たい声と言い方だったと思う
聞いたことのない声にデミョンが少し動揺しているのを感じた
デミョン「そうですね。初対面の‥しかも目上の方にあんな態度、普通なら考えられません。だけど‥」
デミョンが何か言いかけて黙る
デミョン「いや、韓国で‥唯一頼れて尊敬する大好きな先輩が他の人と仲良くしてるのを見て酔いもあって焼きもちをやいてしまったんだと思います。態度や言い方は非常にまずかったと思いますけど、それ位に彼も必死だったのかと‥」
他の誰かと仲良くしているのを見て焼きもちをやいたのではと話すデミョンの言葉を聞いて、自分と重なる
俺は晴人のように相手を攻撃したりはしなかったが、それでも勝手に傷ついて、きちんと事情を説明して謝ろうとしてくれた明さんから距離をとった
デミョン「だから、その‥」
デミョン「ありがとうございます。ショウタロウさんも‥晴人君みたいにとは言いませんが、押し込めようとばかりしないで自分の気持ちに素直になって下さいね」
デミョン「がんばって下さい。時間とってもらって、ありがとうございました」
デミョンは優しく俺に微笑むと自席へと戻って行った










編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!