夜の帳が完全に下り、森は本来の静寂を取り戻していた。
寿々は伊黒の羽織に包まったまま、暗闇の中でじっと傷の回復を待っていた。
太陽に焼かれた痛みは引いてきたものの、極限まで消耗した体はまだ鉛のように重い。
また誰かに狙われているのではないか。
自分の居場所なんて、本当はどこにもないのではないか。
そんな思考が渦巻いていた時、ザッ、ザッ、と落ち葉を踏みしめる荒い足音が近づいてきた。
聞き覚えのある、しわがれた低い声。
寿々がおそるおそる顔を上げると、そこには昼間と同じ、不機嫌そうな顔をした不死川実弥が立っていた。
寿々は無理に笑おうとしたが、まだ再生しきっていない頬が引き攣る。
彼女は実弥が昼間、自分のために激怒して隊士たちを叩き伏せに行ったことなど、露ほども知らなかった。
ただ、自分を嫌っているはずの彼が、なぜまた戻ってきたのかが分からず、怯えるように身を縮めた。
実弥はぶっきらぼうに言い放つと、寿々の腕を掴もうとして……、
昼間のあのドロドロに焼けた皮膚の感触を思い出し、一瞬だけ手を止めた。
そして、触れるか触れないかの力加減で、彼女の肘を支えるように力を込めた。
寿々は言われた通りに立ち上がろうとした。
だが、膝がガクガクと震え、力が全く入らない。
立ち上がった瞬間に視界がぐにゃりと歪み、寿々はそのまま地面へと倒れ込んだ。
しかし、地面に叩きつけられる前に、大きな、傷だらけの手が彼女の肩をがっしりと受け止めた。
寿々は申し訳なさに俯いた。
嫌われている自覚があるからこそ、これ以上彼を不快にさせたくなかった。
実弥は盛大に舌打ちをすると、寿々の目の前で、黙って背中を向け、低く屈んだ。
実弥の凄まじい怒号に、寿々は「ひっ」と短い悲鳴を上げて、慌ててその広い背中にしがみついた。
実弥の背中は、義勇の静かな温かさとは違い、
燃えるような熱量と、無数の戦い抜いた古傷の感触があった。
実弥はそれ以上何も言わず、寿々を背負ったまま、夜の森を猛然と駆け出した。
寿々は、なぜ彼がこんなに優しく(彼なりに)してくれるのか分からない。
けれど、背中から伝わってくる「風」のような激しい鼓動が、傷ついた彼女の心を少しだけ温めていた。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!