その日の基地は、朝から慌ただしかった。
「第一部隊、至急準備!」
「補給班急げ!!」
廊下を走る兵士達。
飛び交う怒鳴り声。
緊急任務だった。
隣国との小規模衝突。
本来なら幹部だけで十分対処できる程度のものだが、敵の動きが予想以上に不安定らしい。
談話室にいたショッピは、その騒がしさに肩を震わせた。
「……」
胸がざわつく。
戦場。
任務。
その言葉だけで、嫌な記憶が蘇る。
すると。
「ショッピ」
トントンが部屋へ入ってきた。
すでに軍服へ着替えている。
ショッピの心臓が、どくんと跳ねた。
「……行くんですか」
「ん。すぐ終わると思うけどな」
そう笑うトントン。
けれどショッピは笑えなかった。
怖い。
また帰ってこなかったら。
怪我したら。
消えてしまったら。
不安ばかりが膨らむ。
「……」
俯くショッピに、トントンは少し困ったように眉を下げた。
「大丈夫やって」
「……大丈夫って」
ショッピの声が掠れる。
「それ、皆言うんです」
トントンが目を見開く。
ショッピはぎゅっと拳を握り締めていた。
「大丈夫やって言って……帰ってこんかった人、おったから……」
静かな告白だった。
けれど、その言葉の重さに場が静まる。
ショッピの中には、まだたくさんの喪失が残っている。
信じたいのに、怖い。
期待した分だけ傷つくと知っているから。
「……ショッピ」
トントンがゆっくり近づく。
ショッピは逃げなかった。
その代わり、不安そうに見上げる。
するとトントンは、そっと片手を差し出した。
「約束する」
「……」
「絶対帰ってくる」
真っ直ぐな声。
ショッピの瞳が揺れる。
「……でも」
「それでも不安なんやろ?」
図星だった。
ショッピは小さく頷く。
すると。
ぎゅ。
「……!」
トントンが、ショッピの手を握った。
温かい。
大きな手。
以前なら、触れられるだけで怖かったのに。
今は、その温もりに安心してしまう。
「帰ってきたら、また“ただいま”聞かせて」
優しい声。
ショッピの胸が苦しくなる。
離れたくない。
行ってほしくない。
そんな子供みたいな感情が溢れてくる。
「……っ」
気づけば。
ぎゅっ、とショッピも手を握り返していた。
「……ちゃんと、帰ってきてください」
震える声。
懇願するみたいな言葉。
トントンは少し目を丸くして――柔らかく笑った。
「ん」
「約束ですからね……」
「破らへんよ」
そのやり取りを後ろで見ていた幹部達は。
「うわぁ……」
「信頼が……」
「成長感じて泣ける……」
「お前ら親か」
ゾムが呆れながらも、少し目を細めていた。
ショッピが“帰ってきて”と言えるようになった。
それはつまり、“帰ってくると信じたい”と思えたということだから。
出発時間が近づく。
トントンは最後にもう一度、ショッピの頭を撫でた。
「待っててな」
「……はい」
トントンが背を向ける。
離れていく温もり。
その瞬間。
「……トントンさん!」
ショッピが思わず呼び止めた。
トントンが振り返る。
ショッピは少し迷って――。
そして、小さく口を開いた。
「……好きです、その……手」
数秒の沈黙。
「…………」
トントンが固まる。
後ろの幹部達も固まる。
ショッピ自身も「何言ってるんや自分」と顔が真っ赤になった。
「ち、違……! 変な意味ちゃうくて……安心するっていうか……」
慌てて言い直す。
すると。
トントンがふっと笑った。
優しく、嬉しそうに。
「そっか」
その笑顔に、ショッピの心臓が跳ねる。
「じゃあ、帰ったらまた握ったる」
「っ……!」
ショッピは耳まで真っ赤にしながら、俯いた。
だが。
小さく、小さく頷く。
その姿に幹部達が一斉に顔を覆った。
「無理……」
「尊すぎる……」
「しんどい……」
騒がしい声が響く。
でもショッピはもう、少しだけ分かっていた。
大切な人を信じるのは怖い。
それでも。
“帰ってきてほしい”と思える相手がいることは、きっと幸せなのだと。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!