入浴後、薄化粧だけ施してリビングへ向かう。
……途中のホビールームに溢れかえるカードには気付かないフリをした。
振り返った隼人さんは目を見開いて此方を見ていた。
……何処か変だろうか。借りたシャツとズボンは確かにブカブカしているけれどそこまで違和感はない。寧ろ鏡で確認した時、カジュアルな雰囲気で吃驚してしまったのに。
少し眉を下げながら、彼は私から顔を逸らす。もしかしてメイク……?某同僚に教えてもらった「抜け感メイク」とやらは私に似合わなかったのだろうか。
「わたくしもシャワーを浴びてきます」と彼はそそくさと居なくなってしまった。
……妙だ。
同僚に「蛙化されるから絶対駄目!」と愛しの焼肉定食コーデやら弟のお下がりのジャージは封じられているし、普段着ているスーツはタイトスカート。
……隼人さんにズボンを履いている所ですら見せた事がないのに。
ダイニングテーブルを見ると、昨日の晩餐は夢だったかのように綺麗さっぱり片付いていた。
……彼は朝餉をもう済ましただろうか。キッチンを覗いてみると、昨晩の儘、食器は一つ残らず片付けられていた。
彼へのお礼をしようと私は冷蔵庫を開けた。
パッと顔を輝かせる隼人さんにふふん、と鼻を鳴らしてみせる。
いつも貧相なご飯を作っているので冷蔵庫に溢れんばかりにある食材にワクワクしてついつい作りすぎてしまった。
然し固まった隼人さんを見て、一つの不安が過ぎった
「久しく人の手料理を食べるので」と彼は顔を綻ばせた。
ウキウキとした声色の儘、彼は席について「頂きます」と小さく呟いた。
香ばしく焼けた鮭の皮目を箸でなぞってほぐしている。しゃくりと弾ける様な音がなった。
彼の口元に運ばれていく箸先をドキドキとしながら見守る
安堵して肩を落とした私に「冷める前にあなたさんも早く!」と彼は急かした。
しみじみと呟きながら彼はご飯をかけこんだ。
弟以外に食事を振る舞った事がないので、何だか嬉しい。思わずはにかんでいると彼が「お料理上手なんですね」と笑った。
「こんな美味しいご飯を毎日だなんて」と彼は呟きながら味噌汁を啜る。湯気がほかほかと空気の中で揺れていた。
その言葉は確かに私に向けられていた。
__私の神様はお世辞まで上手いらしい。
火照った顔を隠すように、私もお椀を持った。
手から箸が滑り落ちて、カランと跳ねる。
何のことか皆目見当もつかない。混乱している私に「ほら」と彼は指を立てた。
「もしかして忘れてしまいました?」と揶揄う様に笑う彼。
婚約指輪??
理解し難い言葉に頭を抱えそうになる。
昨日の自分は一体何処までやらかしているのだ。
タイムマシンが開発され次第ぶん殴ってやろうと心に決め、私は小さく嘆息した。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。