ベルアルトはにやりと笑い、
剣をゆっくりと鞘から抜く。
石畳に金属が触れる冷たい音が、
夜の静寂を切り裂く。
声が小さく震え、全身が硬直する。
ベルアルトは一瞬目を細め、頬に薄く赤みを差す。
——その瞬間、元貴の中で、
ベルアルトの正体がはっきりした。
ただのエルフ騎士ではない。
“変態”だった。
ベルアルトはアークをじっと見つめ、嗤う。
その目には冷たい炎が宿る。
剣を睨み、全身から力が漲る。
剣を振るおうとした瞬間——
アークは小さな翼を羽ばたかせ、素早く横へ回避する。
叫び声には全力の決意が込められるが、
元貴は恐怖で動けない。
銀色の刃が視界を支配し、全身が固まる。
その手が元貴の腕に触れ——
元貴の顔を見つめると、すぐに頬を赤らめ——
元貴は声も出せず、震え続ける。
怒声とともに、胸から炎の球を放つ。
ベルアルトは慌てて避ける。
それでも瞳には揺るぎない決意。
小さな翼を広げ、防護の姿勢を取る。
その瞬間、アークの中で何かが切れた——
瞳の炎が全身に燃え広がり、空気が歪む。
——胸に、翼に、拳に、
“守る”覚悟が冷たい殺意となって炸裂する。
影のように鋭い剣の光が、石畳を切り裂く。
ベルアルトの影斬り——自分の影を自在に操る技。
剣と影が一体となり、
宙を裂く斬撃がアークへ襲いかかる。
影が、周囲の石を切り裂き、道を封じる。
隊列の攻撃も影で奪い、自在に操られる。
「逃げ場なし」——まさに圧倒的な戦術。
背中に羽ばたき、炎の熱を増幅させる。
鋭い爪と翼で回避、そして反撃。
炎が影を焦がし、冷たい空気に熱を注ぐ。
炎が舞い、影斬りの刃が跳ね返る。
石畳が割れ、建物の壁にまで火花が飛び散る。
ベルアルトは序盤の優位を保つが、
アークの攻撃は一瞬で剣の動きを読み、
反撃の間合いを計る。
攻撃を影で奪い、自分の刃に連動させる。
だが、アークの炎は強大で、
ベルアルトはアークの炎渦に巻き込まれ、
次第に距離を詰められる。
翼を広げ、拳から放つ火球。
ベルアルトの全身を焼き尽くし、
影は黒焦げになって地に落ちる。
剣を握る手も震え、影斬りの自由は奪われた。
炎の渦に包まれ、ベルアルトは全身やけどを負い、
呻きながら後退する。
焼け焦げた匂いが、夜の空気に重く残る。
石畳は黒く炭化し、熱で歪んでいた。
その中心に——
ベルアルトが、倒れている。
全身は焼け爛れ、皮膚は裂け、呼吸は浅く不規則。
もう、立つことすらできない。
周囲には誰もいない。
完全な、敗北。
震える手で地面を掴み、必死に顔を上げる。
声はかすれ、さっきまでの余裕は一切ない。
その目は、恐怖に染まりきっていた。
さっきまで他人に向けていた“絶望”を、
今、自分が味わっている。
アークは無言で近づく。
小さな体から放たれる熱が、さらにベルアルトを追い詰める。
その姿は、あまりにも——見苦しかった。
元貴は視線を逸らす。
胸の奥がざわつく。
怖い。
気持ち悪い。
でも——
少しだけ声を絞る。
ベルアルトの震える姿が、頭から離れない。
どれだけクズでも、
——ここまで壊れていると、どこか“人”として見てしまう。
アークの動きが、一瞬止まる。
沈黙。
必死に縋りつくように叫ぶ。
アークの目が、細くなる。
その言葉を聞いた瞬間——
空気が、変わる。
低く、冷たい声。
アークの瞳が、完全に冷え切る。
一歩、踏み出す。
炎が、再び揺らめく。
——次の瞬間。
閃光のような炎が、夜を切り裂いた。
声は——最後まで、続かなかった。
静寂。
燃え残りの火が、ぱち、と小さく弾ける。
そこにもう、ベルアルトの姿はなかった。
しばらく、何も言えなかった。
さっきまで“生きていたもの”が、
今はもう、どこにもない。
震えた声が、やっと漏れる。
本音だった。
強がりでも、覚悟でもなく——ただの本音。
アークは振り返る。
少しだけ、悲しそうな目で。
短く、息を吐く。
静かに、でもはっきりと言う。
その言葉は優しさじゃない。
現実だった。
逃げられない、”この世界のルール”。
元貴は何も言えず、ただ立ち尽くす。
さっきまでの“日常”は、もうどこにもなかった。
焼け跡の前で、元貴はゆっくりと膝をつく。
まだ熱の残る石畳。
焦げた匂いが、鼻を刺す。
震える手を、胸の前でそっと重ねる。
声は小さく、掠れている。
それでも、言葉は途切れない。
少しだけ、目を伏せる。
ぽたり、と涙が落ちる。
それは恐怖の涙じゃない。
怒りでもない。
“理解しきれないもの”に触れてしまった、戸惑いの涙だった。
アークはその様子を見て、眉をひそめる。
少し首を傾げる。
本気で分からない、という顔。
ゆっくりと言葉を選ぶ。
言い切れず、視線を落とす。
低く、吐き捨てるような声。
元貴は少しだけ黙る。
でも、否定はしない。
静かに頷く。
小さく息を吐く。
顔を上げる。
その目は、まだ弱いけど、ちゃんと前を見ている。
沈黙。
風が、静かに焼け跡を撫でる。
アークはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐く。
その声はさっきより少しだけ柔らかい。
言いかけて、止まる。
少しだけ視線を逸らす。
ぽつり、と呟く。
元貴は少し驚いた顔をして、それから小さく笑う。
アークは答えない。
ただ、翼を軽く揺らす。
立ち上がる。
足はまだ少し震えているけど——
さっきより、少しだけ前を向いていた。
※この物語はフィクションです。















編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!