第16話

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2026/06/02 09:00 更新





お昼ご飯を食べて外に出てから、
しばらく賑やかな商店街を歩いていた時のことだった。
前を歩いていたレイが、ふと足を止めて、
少し申し訳なさそうにユジンを振り返った。

レイ
レイ
ユジンオンニ……ちょっと、お手洗いに行きたくなっちゃって
ユジン
ユジン
あ、本当?そこの商業施設の中に綺麗なお手洗いあるはずだから


ユジンは優しく応じると、
すかさず後ろを歩いていたジウォンの方を振り返った。
そして、ウォニョンに気づかれないように、
自分の肘でジウォンの脇腹をツンツンと、
あからさまにつついた。

ユジン
ユジン
(ジウォナ、チャンス!レイと2人きりでお喋りしてきなよ!)


ユジンの目は、そう雄弁に物語っていた。
どこまでも「自分はジウォンの恋のキューピットである」と
いうスタンスを崩さず、なおかつ、
これで自分はウォニョンと2人きりになれるという、
一石二鳥の完璧なチャンス。

ジウォンはユジンが肘をつついてきた意味を
瞬時に理解したけれど、
その自分勝手な下心が見え透いていて、
ただただ冷ややかな視線でユジンを見返しただけだった。
胸の奥が、また少し重くなる。

ジウォン
ジウォン
………


しかし、ユジンはそんなジウォンの冷たい視線など
全く気に留める様子もなく、
満面の笑みを浮かべて声を張った。

ユジン
ユジン
レイや、ジウォナも連れて一緒に行ったらいいよ〜なんかあったらいけないからね!
レイ
レイ
えっうん、一緒に行こ!


レイが嬉しそうにジウォンを振り返る。
ユジンはすかさず、
ジウォンの背中を手のひらでぐいっと力強く押し出した。
「ほら、行ってきな!」と言わんばかりの強い圧力だった。
ジウォンは抵抗する間もなく、
レイと一緒に歩き出すしかなくなってしまった。


こうして、
残されたのはユジンとウォニョンの2人だけになった。
少し離れたベンチの近くに移動し、
ユジンは急に緊張が押し寄せてきたのか、
ポケットに手を出し入れしながら、
そわそわとウォニョンを見つめた。
心臓がバクバクと音を立てている。

ユジン
ユジン
えっと……ウォニョンちゃん
ウォニョン
ウォニョン
はい、何ですか?


ウォニョンは長い黒髪をさらりとかき上げ、
完璧な笑顔でユジンに向き直った。
そのあまりの美しさに、ユジンは一瞬言葉を詰まらせたが、
意を決して胸の内を絞り出した。

ユジン
ユジン
その……あの練習試合の時から、ウォニョンちゃんと……話して、みたかったんだよね
ウォニョン
ウォニョン
えぇー?そうなんですか?


ウォニョンはクスッと小さく声を上げて笑った。
そのリアクションが、からかわれているのか、
それとも純粋に驚いているのか、ユジンには判別がつかない。
けれど、ここで引くわけにはいかなかった。
ユジンはスマートフォンをポケットから取り出し、
差し出した。

ユジン
ユジン
だから、その……もし良かったら、連絡先とか、交換できない……?


ずっと言いたかった言葉。
ウォニョンはユジンの差し出した画面をじっと見つめ、
それからユジンの顔を見て、
ふっと余裕のある微笑みを浮かべた。

ウォニョン
ウォニョン
いいですけど……?はい、どうぞ


ウォニョンは自分のスマホを取り出すと、
あっさりとQRコードを表示してくれた。

ユジン
ユジン
やった……っ!


ユジンは思わず、
子供のように小さく声を上げてガッツポーズをした。
それを見たウォニョンは、また楽しそうにクスクスと笑った。

ウォニョン
ウォニョン
あ、ちゃんじゃなくて、ウォニョアでいいですよ
ユジン
ユジン
えっ!? 本当!? じゃあ……ウォニョア


自分の口からその名前を呼べたことが嬉しくて、
ユジンは一気に調子に乗った。
えくぼを深く刻みながら、さらに距離を詰めようとする。

ユジン
ユジン
なら、私のこともオンニ呼びでいいよ! ほら、レイもそう呼んでくれてるし!
ウォニョン
ウォニョン
分かりました、ユジンオンニ


ウォニョンは特に抵抗もなく、
すんなりとその呼び方を受け入れた。
まさか、ユジンが自分に好意を持っているなど
思ってもいないからこそ、ウォニョンは簡単に受け入れた。
ユジンは舞い上がったまま言葉を繋ぐ。

ユジン
ユジン
えっと、ウォニョアがこの前の練習試合を見に来てくれたの、実はすっごく嬉しかったんだ
ウォニョン
ウォニョン
ふふっ……なら良かったです
ユジン
ユジン
またさ、機会があったら見に来てよ! 私の試合!

ユジンがキラキラとした目で誘うと、
ウォニョンは首を少し傾げ、綺麗な唇を開いた。

ウォニョン
ウォニョン
分かりました……また、レイと一緒に見に行きますね
ユジン
ユジン
うん、やった!格好悪いところ見せないように、明日からもっと練習頑張らなきゃ!


嬉しそうに胸を張るユジンを見て、
ウォニョンはふふっと意地悪そうに目を細めた。

ウォニョン
ウォニョン
オンニ、試合に勝つために練習するんじゃないんですか?
ユジン
ユジン
あ、いや……それもそうだけど……ね?


ウォニョンからの鋭いツッコミに、
ユジンはタジタジになりながらも、
頭をかいて笑うしかなかった。
ウォニョンにとって、ユジンはやはり
「レイの好きな、ちょっと単純で面白い先輩」という枠から
1ミリも出ていなかった。





一方その頃、商業施設のお手洗いへと向かう通路。


ジウォン
ジウォン
………


ジウォンは、隣を歩くレイの歩調に合わせながら、
どうにも落ち着かない気持ちでいた。
人見知りの自分と、他校のレイ。
何を話せばいいのか分からず、
黙り込んでいるジウォンに対し、
レイは持ち前の圧倒的なコミュニケーション能力を
遺憾なく発揮してきた。

レイ
レイ
ねぇねぇジウォナ〜!


不意に、すぐ隣から明るい声で名前を呼ばれた。
しかも、ちゃん付けではない。
ジウォンは心臓が跳ね上がるのを感じ、
驚いて足を止め、目を丸くした。
ジウォン
ジウォン
えっ……!? ジ、ジウォナ……!?
レイ
レイ
え? ダメだった?


レイは不思議そうに小首を傾げ、
覗き込むようにしてニコッと笑った。

レイ
レイ
だって、私たち同い年でしょ? だから呼び捨ての方が仲良くなれるかなって思って
ジウォン
ジウォン
そ、そう、だけど……


ジウォンは急に名前を呼び捨てにされたこと、
そしてレイの顔が思ったよりも近くにあることに
激しく動揺してしまい、言葉を詰まらせた。

レイ
レイ
ジウォナも、私のことレイって呼んで? ね?


レイはジウォンの顔をじっと見つめながら、
さらに可愛らしく小首を傾げた。
その無自覚な破壊力に、
ジウォンの心臓は完全にキャパシティを超えていた。

ジウォン
ジウォン
わ、わかった……レ、レイ……


ジウォンは恥ずかしさのあまり、
顔を真っ赤にして、視線を斜め下に逸らした。
それを見たレイは、手を叩いて楽しそうに笑った。

レイ
レイ
あはは!ジウォナ、顔真っ赤!トマトみたいで可愛い〜!
ジウォン
ジウォン
……そんなこと、ない


ジウォンはさらに顔を赤くし、
早足でお手洗いへと駆け込んだ。




個室から出てきて、鏡の前で手を洗っている時も、
ジウォンの心臓のバクバクは収まっていなかった。

レイ
レイ
ジウォナって、恥ずかしがるとツンツンして可愛いね


レイは隣で髪の毛を少し整えながら、
相変わらず無邪気に喋りかけてくる。

ジウォン
ジウォン
………


ジウォンは、そのレイの無防備な笑顔を見つめているうちに、
胸の奥からどうしても抑えきれない衝動のようなものが
突き上げてくるのを感じた。

お昼ご飯を食べている時の、レイのあの楽しそうな顔。
ユジン先輩を見つめる時の、あの特別な目。
自分の鋭すぎる勘が、すでに答えを出している。
けれど、
どうしても本人の口から確かめずにはいられなかった。



お手洗いを出て、ユジンたちの待つ広場へと戻る静かな通路。
ジウォンは一歩、歩みを緩め、
前を行くレイの後ろ姿に向かって、
突発的にその言葉を口にしていた。

ジウォン
ジウォン
……レイ
レイ
レイ
ん?どうしたの?


レイが不思議そうに振り返る。
ジウォンは拳をぎゅっと握りしめ、
レイの真っ直ぐな瞳を見つめ返した。
心臓が破裂しそうなほど高く打ち鳴らされる中、
ジウォンは静かに、けれどはっきりと問いかけた。

ジウォン
ジウォン
レイは……ユジンオンニのことが、好きなの?
レイ
レイ
……えっ?


レイは一瞬、驚いたように目を見開いた。
まさか、ジウォンの口からそんな言葉が飛び出してくるとは
夢にも思っていなかったのだろう。
ジウォンは自分の無謀な質問に急に怖くなり、
慌てて視線を泳がせながら弁解するように言葉を濁した。

ジウォン
ジウォン
あ、いや……なんでもない…ただ、2人がすごく仲良さそうだったから…… そうなのかなって、思っただけ……


声を小さくしていくジウォン。
通路に、気まずい沈黙が流れる。
やっぱり聞かなければ良かった、
そう激しく後悔した次の瞬間だった。

レイ
レイ
ふふっ……バレちゃった?


レイは少しだけ頬をピンク色に染め、
恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら、
けれど隠しきれない嬉しさあふれる笑顔でそう言った。

ジウォン
ジウォン
………


ジウォンは、完全に黙り込んだ。
頭の中で分かっていたはずの現実が、
レイ自身の肯定によって、
鋭いナイフとなってジウォンの胸を深く突き刺した。
呼吸の仕方を忘れてしまうほどの、
凄まじい衝撃と痛みが体を駆け巡る。

レイはジウォンの沈黙を、
単なる「恋バナへの驚き」だと捉えたようで、
どこか夢見るような目をしながら、
自分の恋心をぽつりぽつりと語り出した。

レイ
レイ
だって、かっこいいじゃん……?優しくて、いつも明るくて……オンニと話してる時、すっごく楽しいんだよね
ジウォン
ジウォン
……そっ、か…


ジウォンの口から出たのは、
掠れたような、その一言だけだった。
それしか返す言葉が、どうしても見つからなかった。

格好いい。
優しい。
楽しい。

レイが並べたユジンの魅力のすべてが、
ジウォンの胸を容赦なくすり潰していく。
自分だって、ユジンのことなら誰よりも近くで見てきた。
けれど、レイのその特別な笑顔を向けられるのは、
自分ではなくユジンなのだ。
レイは、急に生気を失ったように俯いてしまった
ジウォンの様子に、ようやく違和感を覚えたらしく、
少し心配そうに覗き込んできた。

レイ
レイ
……ジウォナ? どうしたの、急に静かになって……
ジウォン
ジウォン
……なんでもない、早く戻ろ?2人待ってるし


ジウォンはレイの視線から逃げるように、
冷たい声を残して、早足で歩き出した。

レイ
レイ
あ、ジウォナ! 待ってよ〜!


後ろから追いかけてくるレイの声が、
今のジウォンにはたまらなく切なく、そして痛かった。




広場に戻ると、
ユジンはウォニョンと連絡先を交換できた余韻で、
これ以上ないほどの上機嫌で待っていた。
ウォニョンは相変わらず涼しい顔をしている。

ユジン
ユジン
おかえり〜! じゃあ、そろそろ時間もいい感じだし、今日はこの辺で解散にしよっか!


ユジンの提案で、4人のお出かけは幕を閉じることになった。

レイ
レイ
ユジンオンニ、今日は本当にありがとうございました! すっごく楽しかったです!
ウォニョン
ウォニョン
ありがとうございました


レイは最後までユジンに向かって名残惜しそうに手を振り、
ウォニョンも綺麗に一礼した。

ユジン
ユジン
うん、また遊ぼうね!ウォニョアも連絡するね!


ユジンは満面の笑みで手を振り返している。

ジウォン
ジウォン
………


ジウォンは、
その光景をただ一歩引いた場所から静かに見つめていた。

レイ
レイ
ジウォナ、またね!
ジウォン
ジウォン
……またね


レイは自分に向かって手を振ってくれたけれど、
ジウォンはうまく笑えている自信がないまま、
小さく手を振り返すことしかできなかった。


ウォニョンへの下心を隠して舞い上がるユジン。
ユジンからの誘導で、
知らず知らずのうちに巻き込まれたウォニョン。
ユジンへの純粋な恋心を募らせるレイ。
そして、レイへの叶わぬ想いを抱え、
その恋心を知ってしまったジウォン。


夕暮れ時の街の雑踏の中、
それぞれの想いが完全にすれ違ったまま、
複雑に絡み合う三角関係、
そして四角関係の幕が、今、本格的に上がり始めていた。





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