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第11話

十一 想い
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2025/05/11 04:13 更新
──静寂が、すべてを包んでいた。

世界はまるで水の底に沈んだようで、音も風もない。

気づけば、わたしはひとり、雪のない森に立っていた。
そこには春の気配すら漂っていた。
けれど、どこか仄暗い。何かを秘めているような、黙した森。

──ああ、ここは。

思い出すより先に、胸の奥がざわめいた。

ひとりの少女が、そこにいた。
白い外套に身を包み、小さな背を風に揺らしながら、まっすぐに歩いていく。

ミーシャ──
わたしはその名を、心の中で呼んだ。

少女は、ふと立ち止まり、振り返る。
その瞳に映るのは、だれかの〝影〟

「……ここが、始まりだったのね」

その声は、わたしのものではなかった。
けれど、わたしの胸が震えた。

影の前で、ミーシャはそっと膝を折る。
そして、掌の上にひとつの〝瞳〟を捧げる。

「この瞳には、すでに消えた国の記憶がある。忘れられた歌と、誰も帰らなかった祈りが刻まれてる。でも、それでも……受け取って。あなたが次の〝つなぎ〟になるのなら──」

影は何も言わず、ただその瞳を受け取った。

ミーシャは、すでに〝旅の終わり〟にいた。
命を燃やすように、記憶を渡すためだけに、この森へ来たのだ。

そしてその顔には、どこか安らぎすら浮かんでいた。

「もうすぐ、わたしも〝忘れられる〟のね。……けれど、それでいい。誰かが、続きを歩いてくれるのなら……」

風が吹いた。

その瞬間、森の色が淡くにじみ──
景色はふたたび、白い闇の中へと崩れていった。

息を呑んで目を開けた。

「……ミーシャ」

わたしは思わず、その名を口にしていた。

小屋の中は静かだった。
アデルは炉の前に膝をつき、わたしのほうを見ていた。

「……見たんだね。彼女の最後を」

わたしは頷く。

掌には、欠片はなかった。
ただ、かすかに温もりが残っていた。

「〝記憶をつなぐ〟って、こういうことだったんだ……」

それは、命の一部を預かること。
もう戻れない誰かの、祈りの続きを歩くこと。

「きっと、ミーシャも……アデルのお姉さんも、誰かの未来を見ていたんだと思う」

「そして今、その誰かは──君、なんだろうね」

アデルの言葉が、静かに降る雪のように沁みていく。

わたしは、もう一度、瞳を見つめた。

まだ、欠片はすべて揃っていない。
けれど、その記憶の旅は、確かに〝今〟を通じて、生きていた。

──なら、行かなくちゃ。

わたしは静かに立ち上がった。

「……北へ向かう。記憶の終着点へ。
そこに、ミーシャが最後に遺したものがある気がするの」

アデルは頷いた。

「僕も、行くよ」

雪はやんでいた。
小屋を出ると、空には光の兆しがあった。

──旅は続く。けれど、もう、ひとりではない。

そしてわたしは知っている。
その先に、ミーシャの〝想い〟が待っていることを。

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