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第2話

お兄ちゃんはヒーロー(心操人魅)
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2026/02/28 04:45 更新





「雄英行くの」




「うん」




シャワシャワと虫の鳴く声が絶えない夏。
外から窓を隔てても尚聞こえてくる真夏を思わせるそれとは対照的に、部屋の中は涼しかった。
冷房の無機質な稼働音が、二人きりの空間にただ淡々と流れている。


人魅は兄のベッドにあぐらをかいて、当たり前のようにそこに鎮座していた。
自分のとは違う寒色系の色味のシーツが新鮮である。
小さい頃はお互い好んで一つのベッドを共有していた気もするが、別々の部屋で寝るようになったのは、はて、いつ頃からだっただろうか。


当の兄はというと、普段から乏しい表情を何一つ変えずに椅子に座っている。妹がずかずかと無遠慮に自室に入ってきたことに対しては、別に何も思っていないようだ。
お互い年頃であるにも関わらずこんなことが許されているのは、一重に素直で温厚な二人の性格と、程よい関係性ゆえであろう。



「ヒーローなるんだ」


「ヒーロー科に入れるかはわかんないけどね」




兄の机に置いてある、進路希望調査の紙。今日の学校で人魅も貰ってきたそれの一番上の欄には、「雄英高校ヒーロー科」の文字が書かれている。



「ヒーロー、好きだったもんねえ……」



幼い頃から二人で目を輝かせて見ていた、テレビの画面の奥の存在。子供の憧れを具現化したようなその職業は、誰が見ても頼もしくて、カッコよくて、目を奪われる存在だ。
他人思いで、ストイックで、執念深い兄がいずれヒーローを目指すだろうというのは、人魅にも容易く想像ができた。


椅子に座る兄の、伏目がちなその表情を見つめる。


"悪い事し放題"。"敵向き"。
何かとそう言われやすい個性を持つ自分と兄。
もとより他人にあまり興味のない人魅の方からしてみればそんなことはかすり傷にもならなかったが、正義感の強い兄はそれを強くコンプレックスに感じていることは知っていた。
クラスメイトから悪意のないナイフを突き刺される度に、ヒーローになりたいという思いを強くしていたことも。


それが兄の弱さであり、強さであると思う。
人魅は、そんな兄のことが昔から誇りであった。




「雄英高校ヒーロー科ね……。
字面がなあ。もうそれだけですごいもんなあ。偏差値も高いっしょ。どんくらいだっけ?」


「79」


「ンヤバぁ」




兄の口から出てきた数字は想像以上。えそんな高いのあそこ。



「国の未来を守る人材を育てる国立機関なんだから、教育水準は高くないとダメでしょ」

「いやそうだけども」



兄も自分も頭は良い方ではある。かなり。
学年では大体トップを争っているが、偏差値79なんて、人魅なら目指そうとも思わないだろう。


「じゃあ、勉強もトレーニングも結構本気出して頑張んなきゃじゃん」

「まあ、ヒーロー目指すならそれくらいは」

「…」



なんだか、人魅の頭に嫌な予感が走った。兄がそれだけ頭の良い学校を目指すということは、いずれ私はこいつに成績を抜かされてしまうということではないか。それもかなりの大差で。
…それは非常に気に入らない。勉学に関しては同格かそれ以上で居たいという従来のプライドが捻じ潰されてしまう。

人魅の、生まれながらの負けず嫌いの火がぼわ、と音をたてて燃えた。





「…私も雄英入ろうかな」


「…え」




口をついて出た言葉に、兄は目を見開いて固まる。
小さな瞳がさらに小さくなってこちらを見ている。
鳩が豆鉄砲を食ったようなその顔がなんだか面白くて、フッと頬が緩んだ。

無意識に、自然と口に出ていたその言葉は、自分でも不思議なくらいに「ああ、私は雄英を目指すんだな」と、人魅の胸にすとんと落ちた。

ヒーローになるつもりはない。

ただ、なんとなく、雄英という場所に、どうしても行きたくなったのだ。




…うん、そうだよ。今の私の学力なら、もっともっと本気で頑張れば雄英も夢じゃない。

人魅の胸に、俄然やる気が湧いてきた。こうなれば、彼女を止められる者は誰もいない。
一度決めたら断固として自分を曲げない。
心操人魅はそういう女であった。



「…え、雄英、受けるの?」

「うん。今決めた。」

「え、なんで?」

「まあ、目標は高ければ高いほどいいでしょ」

「え、うん、まあ、そうだけど。」




それに、応援したいし。

ふわりと頭に浮かんだ気持ちは、そっと喉の奥に閉じ込めた。

もし二人で雄英に通うことになれば、兄がヒーローの卵として成長していく姿を間近で見られるというのも悪くない。

近くで、兄が頑張る姿を見ていたい。




逆境にも屈せず、生まれつきの個性とともに夢へ歩く決断をした双子の兄。きっとこれからも、遠回しな悪口や夢への決心をなじる声を見返してやろうと、一人必死に、人一倍の努力するのであろう。
それなら、せめて私だけでも、背中を押して、一緒に歩む存在になってやろうじゃないか。

いつまでも、自慢の兄だから。








「私も本気出すから。
頑張ろうな、人使。」






戸惑う兄に、にひひととびきりの笑顔を見せてやる。









その夜、人魅の進路希望調査の紙の一番上の欄には、「雄英高校普通科」の文字が綴られた。


虫の声は、まだシャワシャワと響いていた。





はじめまして、トマトと申します。
ヒロアカ夢短編集を作りました。私のオリ夢主しか出てきません。
第1話にオリ夢主たちの設定を載せているのでぜひそちらもご参照ください。

気ままに気分で投稿します。どうぞよろしくお願いします。

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