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第1話

第一話 依頼人
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2023/05/23 09:02 更新
 そこは小洒落た調度品も無く、必要最低限の生活用品しか見当たらない殺風景な部屋。
 しかしそこに、その場には不相応な二輪の白い花が、それぞれ一輪ずつ花瓶に飾られ古ぼけたテーブルの上に置かれていた。
 オレは右側に飾られている花の花弁部分を斬り落とすと、左側の花の花弁をそっと左手で握り締めた。
 
 
真人
ヒール
 オレはそう呟き、先程花弁を斬り落とし茎だけの姿になった花に右手をかざす。
 右手から柑子色のオーラが放たれると同時に、茎だけになった花は花弁を再生させ元通りの姿になった。
 オレは当然の結果の前に特に感情を表に出すこともせず、左手で握り締めていた花から手を放す。
 見ると、左側の花は花弁部分がみずみずしさを失い完全に枯れていた。
 その時である。玄関ドアからコンコンと誰かがノックする乾いた音が響いて来た。
 壁時計に目をやると、時刻は夕方の五時。
 オレは予約時間通りだと心の裡で呟いた。
真人
開いてる。勝手に入って来い。
 オレが玄関ドアに向かってそう言い放つと、ドアがゆっくりと開かれる。
 足音は二つ。視線を向けるとそこには若い男女の姿が見えた。男の右手はギプスで固定されている。一目で今日の依頼主だと分かった。
 
友里
あの、貴方がダークヒーラーの真人さんですか?
真人
だからお前達はここに来たんだろう?
 
トオル
お前、客に対して偉そうな態度だな?
 若い男は不機嫌な表情を露わにオレを睨んで来る。
 
友里
止めて、トオル。お願いだから少し静かにしていて。
トオル
友里、てめえ、オレに逆らうつもりか?
 男の矛先がオレから連れの女に向けられたところで、オレはあからさまに不機嫌な嘆息をする。
真人
痴話喧嘩なら他所でやれ。用事がなければお帰り願おうか?
トオル
んだと、てめえ⁉
友里
トオル! その右手を治してくれるの、真人さん以外にいないんだよ⁉ バンドに復帰できなくてもいいの⁉
 若い女━━友里に諭され、ようやく男は引き下がった。
 
友里
お騒がせしました。お仕事の依頼をお願い出来ますでしょうか?
真人
現金五万円とその右手を治癒するにあたり贄が必要だ。その意味が分かっているのか?
友里
もちろんです。報酬のお金はここに用意してあります。
 友里はそう言いながらバッグから封筒を取り出しオレに差し出してくる。
友里
贄は当然私の右腕です。
真人
1つ確認させてもらう。お前達は恋人同士で間違いないか?
友里
はい。トオルとは結婚を前提にお付き合いしてます。
 その時、男━━トオルの眉が一瞬だけ歪んだのをオレは見逃さなかった。
 
真人
ならいい。だが、これだけは言っておく。偽りには相応の報いを受けてもらう。それでいいなら彼氏の治療を引き受けよう。
友里
ありがとうございます! 彼、バンドをやっていて右腕が治らないと困るんです。

真人
安心しろ。オレならどんな怪我でも治療が可能だ。報酬さえちゃんと支払ってくれればな。
 
友里
助かります。どのお医者さんに診てもらっても完治は無理だと断られてしまって、もうダークヒーラーの真人さん以外に頼れる人がいなかったんですよ。
トオル
ケッ、なにがダークヒーラーだ。中二病かよ。
 トオルは吐き捨てるようにそう呟くと、口元に嘲笑を浮かべた。
 友里は必死な表情で止めて、と目でトオルに訴えかけた。
 オレは無言のままトオルの前に歩み寄ると、一気にギプスで覆われた右腕を掴み上げた。
トオル
ぎゃあ⁉ 何しやがる⁉ や、止めろ!
真人
あんたの右腕をもらう。覚悟はいいな?
 オレはトオルにではなく、友里に向かって訊ねた。
 友里は一瞬の躊躇もなく右手をオレに差し出して来た。
 オレは彼女の右手を優しく握りしめた。
真人
ヒール。
 オレの両手から柑子色のオーラが放たれる。
 すると、それまで悲鳴を上げていたトオルの顔が驚きに包まれた。
トオル
あれ? 痛くねえ。それどころか、右腕に感覚が戻ってきたぞ?
 オレが二人から手を離すと、トオルは狐につままれたような唖然とした表情で自分の右腕を見つめていた。
真人
骨が折れていようが砕けていようがもう完治したはずだ。
トオル
すげえ⁉ あんた、本物だったんだな⁉ ありがとう。感謝するぜ!
真人
礼ならオレにではなく彼女にするんだな。
友里
トオル、右腕は治ったのね。良かった、これでまたバンドに復帰出来るんだね。
 友里はそう言って嬉しそうに笑いながら涙を零した。だが、その右腕は力なく垂れ下がっていた。
トオル
友里、お前、その右腕、どうしたんだ?
友里
うん、突然感覚がなくなって自分では動かせなくなっちゃったみたい。でも大丈夫。痛みとかは無いから。
真人
奇跡の力を行使するにはそれなりの代価が必要になるということだ。お前の右腕を治すために女の右腕を犠牲にしたまでのことだ。
トオル
そっか。まーどうでもいいや。これでまたバンド活動を再開出来るぜ。ありがとな、友里!
 トオルはじゃあな、とだけ言い残し一人でさっさと部屋から出て行った。
友里
真人さん、ありがとうございました。この御恩は一生忘れません!
真人
オレは仕事をしたまでのことだ。それよりも……いや、なんでもない。
 オレは言い淀み吐きかけた言葉を飲み込んだ。
 友里は首を傾げると、そのまま一礼してトオルを追いかけるように部屋から出て行った。
真人
あれに片腕を犠牲にする価値があるとは思えんがな。
 それこそどうでもいい話だったと、オレは思わず苦笑した。
 

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