路地裏にいる美少女は不適な笑みを浮かべながらこちらを見つめている。周りにいる人間はおそらくマネージャーやスタッフの類であろう。それにしても少し前まで路地裏でびしょ濡れだった少女がここまで地位を築くとは才能というものは本当に不平等なものである
「お前ら‥ここでなにしてんだ?」
「それはこっちのセリフだよ?本当は会いに来て欲しかったんだけどね?全然来てくれないから私から来ちゃった♡」
周りにいるマネージャー達が少し困った表情をしている
「その‥夏帆さん?あなたの話では彼は婚約者なのよね?その‥さっきから見てると態度というか雰囲気が違うというか‥」
「久しぶりに会ったからそう見えてるだけです。今から2人きりでお話ししたいので一度車に戻っていただけますか?すぐに戻るので」
その言葉に少し迷う仕草を見せるが恋人関係という話である以上スタッフ達が出しゃばる場面ではない。促されるがまま路地裏から離れ近くにあったワゴン車に戻って行った
「ちょっと?距離遠くない?もう少し近くで話そうよ」
そう言って夏帆が俺に手招きをする。俺はゆっくりと夏帆の元へ歩み寄る
「お前‥どういうつもりだ?婚約者だのわけわかんねぇデマ情報拡散しやがって」
「ふふっ、見てくれたんだ。嬉しいな。別にデマ情報じゃないと思うけどなぁ。私たち結婚するんだから」
歩みを止め、夏帆から半径1メートル半のところで静止する。ギリギリ手が届かない距離だ
「結婚?お前の妄想ごっこに俺がいつ付き合ったんだ?そんな話した覚えは微塵もねぇぞ?」
「いつするとかいつからとかじゃなくて自然になるものってなんかのアニメで言ってた気がするんだけど‥まぁそんな感じ?」
何がどんな感じなのか分からない。それにこういう類の人間は説得は愚か何を言っても聞かない人種だというのは経験則でわかっていた。説得をするのではなく自分の気持ちを言って拒絶を示す
「流れとかお前の気持ちとかどうでも良い。はっきり言うが結婚もしないしお前と関わりたいとも思ってない。運命がどうとか関わってしまったとかロマンチックなこと言っちゃいるが、はっきり言って迷惑なんだよ。分かったら2度と俺の前に顔だすんじゃねぇよ」
俺は目の前の少女に思っていることを包み隠さず全てぶちまけた。当の本人は‥
「‥ふーん。そんなこと言っちゃうんだ。余計好きになっちゃうかも。無理やりあなたの人生を私のものにすることだってできるんだよ?」
だめだ‥病気だ。このレベルまでくると
「俺が二度忠告することはないぞ?二度とそのツラ見せるんじゃねぇぞ?」
「私も忠告しとくね?いずれ私のものになるんだから痛い目にあう前に素直に私のとこに来た方がいいよ?」
「やってみろよ。どんな痛い目に合わせてくれるんだ?」
そう言うと少女はにこやかに笑いながら俺の横を通り過ぎていく
「じゃあね?渚。今度会う時はお利口さんになってるかな」
去り際にそう言い残しスタッフたちが待つワゴン車へと戻って行く。その場には何もなく、ただ、また、くだらない1日が終わろうとするかのごとく、ホームレス達が路地裏にゾロゾロと集まってきていた
次の日
俺はまた路地裏で1日を耐えていた。近頃夢に傭兵時代の仲間が‥いや、共に戦っていた連中が現れる。これは俺が死ぬまで続くのだろうか
「‥チッ腹減ったな」
しかしいつもと違い今日はやることが明確に決まっている。鳳凰組の事務所に行くこと。拠点としている屋敷がこの街の外れにあり、そこで色々と話を聞く手筈であった。しかし向こうは俺の事情を一切知らないのは勿論、出方によってはそもそも話すら聞いてもらえない可能性すらある。俺はそっとズボンの中に手を突っ込み自分が持つ全財産を確認する。中には1762円毎日の空き缶集めだけでは到底、まだ若者の年齢の腹を満たせるほど金は入らない
「‥鈴音に頼むか」
恥ずかしい話だが鈴音しか頼れる人物がおらず、鈴音から渡されていた電話番号が書かれたメモを取り出し、公衆電話からお金を借りたい旨の話をする。幸運にも鈴音は今日は仕事はオフのようで近くのファミレスで待ち合わせ時間を決めそこで合流することになった
ファミレスで無事合流できたはいいものの会話のスタートはかなり不穏なものであった
加えて俺は新たに手に入った情報を伝える
鳳凰組、その名前を聞いた途端、鈴音の顔が険しいものに変わる
続けて鈴音が言う
その言葉に俺は少しだけ頬を上げる
その言葉と共に鈴音は鋭い眼光で俺と目を合わせてくる。かなりの圧だが俺は飄々とした態度で話題を変える
その正論に俺は何も返せないでいた。すると何やらモジモジと体を震わせはじめる
そんなこんなでなぜかこの日1日は鈴音の家の掃除を丸々やらされる羽目になった。鳳凰組の拠点へ行くのは懐が潤ってからになりそうだな
その晩、とある廃墟にて
「テ、テメェ、なにもんじゃごらぁっ、ぶち殺してやる」
あたりにはここら一体で勢力を伸ばし始めていた半グレ通称「薔薇」の組員の死体が無数に転がっていた。それらは目の前にいるたった1人によって起こされた悲劇であった
コツッコツッコツッ
目の前にいる男は足跡を立ててゆっくり近づいてくる
「お前?この薔薇だか桜だか知らねーけどダッセー名前のイキリチンカス連合のリーダーは」
「ふっふははっ、お前俺が誰だか知らねーようだな?俺はもと軍人上がりだ。そこらのカスどもと一緒にすんじゃねーぞ?」
そう言うと薔薇のリーダーはナイフを抜き男に突き立てた。‥しかしそのナイフは体に刺さることなく変わりに自身の首筋から血吹雪が飛び散っていた。そのまま床に倒れる
「なぁんだ。元軍人って言うから期待したのに。所詮半グレかぁ」
そのとき後ろのボロい扉が開いたと同時に声が響く
「‥また1人で半グレ組織を壊滅させちまったんですか‥。神崎の兄貴」
神崎の兄貴と呼ばれたその男、名は神崎俊雄。鳳凰組に属する武闘派の極道であった。
「おぉう、響。来るのおそいぞぉ。まぁこれくらいの連中なら準備運動レベルだけどぉ」
神崎俊雄は血のついた愛用ナイフに反射した自分の顔を見ながらニヤリと笑った














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!