「体への負荷が少々大きかったです。
…しかし、なんとか成功しました」
その結果を聞いた時どんなに安心したか。
一気に肩の力が抜けて思わず膝をついたほどだ。
柊弥の手を優しく、だが強く握る。
目を覚まして。
お願いだよ-
-人工呼吸器を外せば、柊弥は死ぬ。
-死んで欲しくない。
-真っ白な空間。
『また』、ここなのか…。
手術が終わったり、死にかけたりする度に-ここに来ている気がする。
後ろを見ると、花が咲いていた。
1輪の小さな、本当に小さな花。
-ミニヒマワリ。
だけど元気が無さそうだ。
柊弥はそっとミニヒマワリのもとへ歩み寄る。
そして、そっとそれに触れようとした時-
ミニヒマワリは音もなく静かに消えた。
虚無感が柊弥を襲った。
あなたは何処?
こんな不思議な空間にいないことはわかっていても、無意識のうちにその名を呼び、恋しくなる。
しばらく歩いていると、花畑と川が現れた。
-まだ、ここを渡るわけにはいかない。
もう一度、もう一度だけあなたに会いたい。
だが-
不可抗力。
どうしようもない。
勝手に足が川に浸かる。
ちゃぷ、じゃぶ……。
一歩、また一歩と歩みは止まらない。
その頃ずっと柊弥の手首を握っていたあなたが脈が遅くなったことに気付く。
ここを離れてしまったら、離れてしまっている内に柊弥は死んでしまうかもしれない。
…それなら、せめて最期の時は一緒に居る。
でも-
ピク、と僅かに柊弥の手が動いた。
掠れた声で柊弥は名前を呼んだ。
かき消されそうなその声は、しっかりあなたに届いていた。
その瞬間、あなたは1番聞きたくない電子音を耳にした。
柊弥の命の終わりの音。
-彼は、逝ってしまった。
その瞬間、あなたは堪えていた涙を存分に流した。
なんで。どうして。
手術は成功したって聞いたのに。
なんで。どうして。
どうして。どうして。ねぇ、どうして。
どうしてこんなに人は呆気なく死んでしまうの。
また枕の下に…手紙。
あなた
もっと、この名前を呼べばよかったと今になって後悔している僕がいる
あなた、あなた、あなた
僕の好きな人。
たったひとりの、大切な人。
明るい笑顔は変わらないままだった君は、今どんな気持ちで読んでる?
僕はもう死んだかもしれないけど、君は今僕の隣にいるんじゃないかな
鬼ごっこでも、何でも負けたら悔し泣きする泣き虫なあなただから、今までで1番泣いてるんじゃない?平気?
僕は……寂しいな
もっと長く生きたかったし、もっとあなたを好きでいたかった
あなた、君は僕のことどう思っていたかはもう僕にはわからないかもしれないけれど、僕はきっと世界で誰よりも君を好きでいた人間だったと胸を張って言えるよ
あなた、死ぬ前にまた会えて良かった
僕の天使。僕の最愛の人。
大好きだよ、あなた
どうか僕の分まで生きて
どうか僕の分まで世界を見て
話疲れるくらいのお土産話を持って、僕のところまで来て
ずっと待ってるから
ずっと見守ってるから
あなたはひとりじゃないから
-最期まで、【最愛の人】を想い続けた。
その【最愛の人】は、私だった。
あなたは気付く。
この感情が何なのかを。
この感情は、
-即ち【好意】であると。
その頃柊弥は花畑の中に居た。
引き返そうとしたが、さっきよりも何故か流れが強くて進めなかった。
-引き返すな。
そう川が告げているように感じた。
だが-
あなたの大好きだけはちゃんと聞こえた。
-今はそれでいいと思った。
何十年かしたらあなたも来てくれる。
その時に、どんなことがあったかをたっぷり聞けばいい。
今はその時を待つだけだ。
記憶が、全て蘇った。
事故のことも。
小学校の頃のことも。
たしかに、柊弥は居た。生きていた。
それを思い出せて良かった。
-今を生きよう。
柊弥が待ってくれている。
自分の人生を、自分の在り方を、存分に発揮して存分に楽しもうじゃないか。
2人は別々の場所で同じことを言った。
-【心から愛している】と。
終
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。