『どういう意味だ。ダメなら聞かねぇけど』
「あなたさん制服だし。というか今から走るって言ったよね、俺?」
彼女は「ああ、そういうことか」と得心したように頷き、それから急に不機嫌そうに眉をひそめた。ナメんなよ。饒舌にそう語る彼女の瞳に射すくめられ、悟ったように「ごめん」と呟いた。
◇◇◇
この人、何考えてんだろ。
独白のような思考が脳内を滑り落ちる。並走しながら、心操はチラリと隣を盗み見た。
あなたは黙々と前だけを見つめて走っている。自分のランニングシューズの音に、彼女が履くローファーの硬い音が混じり、規則正しく響く。それがなんだか、ひどく不思議な心地だった。
ニュースで木椰区のことは見た。けれど、報道の向こう側の情報は何も知らなくて、今隣にいる彼女の心の内なんて、もっと分からない。
分からない、というよりは——自分から踏み込んでいないのかもしれない。俺は普通科で、あなたさんはヒーロー科。曖昧で、それでも確かな線がある。見えない境界が、足元に引かれている気がしていた。
しかし、そんなことを考える余裕もじきになくなった。
自分は今、必死だ。泥を啜ってでもヒーロー科へ這い上がろうと足掻き、相澤から課されたメニューに食らいついている。
だのに、隣を走る彼女はどうだ。着崩した制服姿に、走るのには適さないローファー。ただ無感動に脚を動かしているだけのように見えるのに、心操の速度に平然とついてくる。
「ッ……」
負けん気に火がついた。追い抜きたいわけじゃない。ただ、自分をすり減らしてでも進もうとしている横で、その「地力」の差を見せつけられるのが癪だった。
心操は無意識に、一段階ギアを上げるように速度を速めた。
◇◇◇
「…………は、……っ、」
五キロを過ぎたあたりで、先に限界が来たのは心操の方だった。無理なペースアップが祟ったのだろう。脇腹を刺すような激痛が走り、心拍数はレッドゾーンを叩く。視界の端がチカチカと明滅した。
小さな公園が見えたところで、心操は膝を折り、アスファルトの上で激しく肩を上下させた。
「……あ、……カハッ、……無理……ギブ……」
『何で急にペース上げたんだよ』
遅れて追いついてきたあなたが、平然とした声で問いかけてくる。その余裕が、今の心操にはたまらなく眩しく、そして憎たらしい。
「……っ、アンタに当てられたからに、決まってんだろ……。体力バカかよ、ホント……」
あなたは、何かを言いかけようとして口を噤んだ。彼女は少し不満げに辺りを見回すと、公園のベンチを指差した。
『一旦休もう。死ぬぞお前』











編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!