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第2話

春の終わりに、約束を。
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2025/01/12 05:48 更新
その話が好きだったから、と、目の前の子供が笑った。
さくら。
見たことはある。寂れたこの場所にはもう存在しない。
桃色の。
目を閉じ、記憶の中からその花を引っ張り出す。
隣で上がった声に目を開くと、青空には無数の花びらが舞い踊っていた。
pr
すごい!やっぱ神様なんだ!
神様
…………
pr
……って、いいのか。俺が適当に名前つけちゃって
神様
……名前がないと不便だと言ったのはお前だろう
pr
そうだけどさ
子供が不安そうにこちらの顔を覗き込んでくる。
なぜそんな表情を浮かべるのか、理解できない。
許可したのだから堂々としていればいいのだと、言ったところで無意味だろう。
人間は神を崇めつつ、同時に恐れているのだから。
pr
お面してるってことは狐の神様なのか?
神様
いいや。……どう、だっただろう。分からない。
が、おそらく違う
pr
曖昧だなぁ。だから自分の名前も忘れたの
神様
人から忘れ去られたら、神は存在していられない
神様
……ここに足を踏み入れる人間など、もう居ないかと思っていた
昔は近くに村があったため、信仰する人間が少なからずいた。
が、時間の経過とともに村は廃れ、人は居なくなり、ならばちょうどいいと、残された力でこの森を隠した。
はずなのに、彼はこの場所へとやってきた。
……死にたいと、そう願いながら。
pr
もう、行きたいとこないからさ
どうしようかなって歩いてたらこんなところに神社があって
pr
……そういえば、小さい頃ばーちゃんに
願いが叶う神社のお話聞いたことあったなぁ
pr
もしかしてここのこと?
ほら、その辺にいっぱいリボン吊るされてるし
子供が指差す方向には大きな木があり、濃くも淡くも赤い布が数えきれないほど結ばれている。
いつの頃からか、人間があの赤に願いを込め、その辺に吊るしてしまうようになったのだ。
彼に視線を戻すと、持ってきていた鞄の中を漁って小さくため息をついた。
pr
駄目だ、なんにもない。
赤いリボンなんて事前に用意しないと持ってないか
神様
必要ない。人間が勝手に風習化しただけだ
pr
そうなの?じゃあ、ちょっと待って
再び鞄の中に手を入れ、やがて彼は小さなきんちゃく袋を取り出した。
pr
赤い糸ならあるよ、ばーちゃんの形見の裁縫セット。
せっかくだし、それ縫ってあげる
示された箇所を見ると、着物の裾がいつの間にか破れていた。
…そういえば、隼人はやとがそんなことを言っていたような気がする。ような。
こちらの返答も聞かず、彼は手慣れた様子で着物に針を通していく。
やがて出来上がったのは、幼い子供が書いた文字のように、お世辞にも綺麗とは言い難い縫い目だった。
神様
……
pr
……ごめん。
ガタガタの線路みたいになっちゃった…。
いっそ縦にも線引いて、ほんとに線路にしようか?
神様
やめてくれ。
もういい……それよりも、名前の礼をしなくてはな
pr
願い事、叶えてくれるの?
神様
あぁ
子供の手を取り、目を閉じる。
一呼吸おいて目を開けると、彼の手には真っ赤な林檎飴が握られていた。
これを喰えばお前の願いが叶う。あとは好きにしろ
pr
……あきらって、お祭り好き?
神様
何を突然……
神様
……嫌いではない。
一度、人間に紛れて行ったことがある。
あれはなかなか良かった。
pr
あはは、庶民みたい
神様
お前を呪うくらいの力は残っているんだが
pr
ごめんなさい
子供は戸惑ったように、林檎飴に目を向ける。
何を迷っているのか分からないが、彼はその実を口にしようとはしなかった。
pr
聞いてもいい?あ、お賽銭必要?
神様
いらない。なんだ
pr
生まれたのに、生きていかずに死を望むのは、悪いことかな
pr
苦しくて、生きていけないのに、死んだら地獄に
落ちるのかな
神様
死に至るまでの過程や感情を善悪で判断するのは人間が持つ価値観でしかない
神様
天国な地獄などといった世界も所詮はお前たち人間の想像だろう
pr
実際はどうなの?だって、神様はいるじゃん
神様
……、……分からない
pr
……名前と一緒に消えちゃった?
pr
じゃあさ、今のあきらにさっきの質問。
俺は悪い子かいい子かどっちだと思う?
神様
竜希が死を選ぶならそれがお前の生だ。
人間の感情は複雑だ、結末に至るまでの理由は自分自身にしか分からない。
神様
たとえ親兄弟だろうとも、竜希が感じた痛みや苦しみを同じだけ理解できる人間はいない
神様
だから、お前を否定できるのはお前だけだ、と、思う
pr
……そっか。
じゃあ、俺がハッピーエンドだと思えば、救われるんだな
子供の目に、林檎飴の赤が映る。
映った赤が揺れたのは、零れそうな涙のせいだ。
pr
……なんでたろ。
死ぬときすら、一人なんだって思うと、なんか……
神様
恐れているのか
pr
うん。一人は怖い。
死ぬときも、死んだ後も、一人は怖いよ。
それに……寂しい
神様
寂しい……
その感情がどんなものか、想像もつかない。
だが、静かに泣いている子供の姿を見ていることしかできないのは、もどかしかった。
……こんな時、どうしてらいいのか分からない。
分かっていたかもしれない。過去は。けれど今は。
pr
……でも、今なら……。
あきらが傍で見送ってくれるんだよな
神様
竜希
pr
なら、十分か
涙を拭うこともせず、彼は林檎へとかじりつく。
たった一口を飲み込んだだけだったが、この子供には十分だったようだ。 
望んだ眠りに抗うよう、ゆっくり瞬きを繰り返す。
体を横たえ、かすれた声が何度も"あきら"と名を呼んだ。
神様
ーーあまやかな夢が、お前の……竜希の苦しみを消し去りますように
神様
そうして、夢が終わるとき……必ず、お前を迎えにいこう
無意識に、彼の髪へと手を伸ばす。
子供をあやすように頭をなでると、彼は安心したように目を閉じた。
神様
迎えに行く。
ーーだから決して、お前が与えたこの名前を……忘れるな
神様
名前を失い、力を失って、遣いは皆去っていった。
……お前も、好きなところへ行くといい
隼人
……あの子供と逝くために、それだけのために、人間として生まれ変わるのですか?
隼人
それが貴方の最後の願いなんですね?
神様
願い……そう、だな。……あれは言った。
寂しい、と
神様
その感情は分からないが、あの子供の泣き顔は……もう、見たくない
隼人
……主様
神様
この身はいずれ、近いうちに消えゆくだろう。
ならば、己が心のままに……人間のように身勝手に願いを叶えてやろうかと
隼人
ふふ、貴方は本当にお優しい。
だから私は、ここから離れることができない。
神様
なぜ?
お前を縛るものはなくなった、役目を捨て好きな場所へ行けばいい。他の者がそうしたように
隼人
主様。私は、貴方に捧げられた生贄でした。
隼人
体はとうの昔に朽ち果ててしまいましたが、この魂を、貴方の気まぐれが救ってくれた
隼人
私の生きたいという願いを、貴方は叶えてくれました。
神様
生贄の魂を喰らわずとも、力を得ていたからな
隼人
えぇ、主様はとても強いお方だった
隼人
信仰がなくなり、名を失い、力も、姿すら失われようとしてなお、その存在は穢れることなくあり続けている
隼人
私は、そんな貴方に仕えることができて本当に幸せなのです。貴方と過ごした日々は、私かまこの魂を捧げても足りないほど、満ち足りていました
隼人
ですから、どうか
隼人
貴方の願う最期を、私に導かせてください
隼人
人間として生まれ変われば、おそらく記憶も失ってしまう
隼人
あの子供と名前の繋がりがあるとはいえ、人となった貴方にこの森を見つけることはとても困難でしょう
隼人
ですから、私がこの森に残り、貴方を彼が見ている夢へと導きましょう
神様
……それでいいのか、隼人。
もう、多くの力は与えてやれない。お前が干渉する内に、お前自身が消えてしまう事も……
隼人
構いません。ですが……もし、叶うなら
隼人
……私に名前をいただけませんか
神様
名前……お前はすでに持っているだろう
隼人
ええ。ですが、これは生前、私を贄として捧げた両親によって与えられた名です
隼人
ですから……。その魂が転生しようと、決して見失わない様。
名の繋がりを、私に与えていただけませんか。
神様
……
神様
文目。
……真っすぐに咲いている姿がお前らしい
文目
……、……ありがとう、ございます。
これ以上の幸せはございません
神様
それほどまでに喜ぶなら、早くに与えてやるべきだったな
神様
……導いてくれ、文目。
無力となった時、お前の手で、かの子供の元へ
文目
主、様……
神様
あきらだ。
残してやれるものがないのだが、この狐の面を受け取ってくれるか。
多少の力にはなるだろう
文目
……夏祭り。とても、楽しかったですね
神様
あぁ。あの時、お前はこの狐の面を選んでくれた
文目
主……あきら様が、祭りの前日に自我を失った稲荷神を喰らっていましたので、つい思い出してしまって
神様
あれは不味かった
文目
ふふ、無茶しすぎです。貴方はいつもそうだった。
神様
あぁ、そうだな
文目
……では、大切にお預かりします。
必ず、貴方をお迎えに上がりますから
文目
再びお会いできるまで、どうか、幸せに

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