第6話

世界を呑み込む非日常
10
2026/04/02 08:55 更新
調査兵団としては収穫がないまま、壁への道を馬に乗って走る。

巨大樹の森における、彼らの女型捕獲作戦は失敗。
けれど、私たちの作戦も、失敗した。エレンを拐うことはできなかった。

…存外、頭のいい人間がいるらしい。

エレンを狙うと、読まれた。女型のうなじに人間がいることが…敵が人間であることが、完全にバレているのだ。

馬車の荷台に眠るエレンを横目で見た。
彼が…、彼の存在がなければ、今頃は…私たちはすべてを終わらせて、故郷に帰れているはずだった。
と、悲鳴が聞こえて首だけ振り返る。

『な、んで…』

巨人が追いかけてきている…そのすぐ前に、馬に乗ったふたりの兵士が見えた。
恐らくは、死体を連れている。脳裏に、出発する直前に兵士長に死体の回収を求めていた兵士たちの姿が浮かんだ。
奴等が、引き連れてきたらしい。いろんな方向に巨人の姿が見えた。

「マジかよ…」

すぐ横を走るジャンの呟きが聞こえた。
何か指示がとんで、荷馬車の後ろについていた兵士たちの馬がサーッと両脇に分かれたのが見えた。
続いて、荷台の後ろがガタンと音を立てて開かれる。
積まれていた包みに手をかけた兵士が、ごめんなぁ、と涙声で叫んだ。

…まさか。

『………そんな…』

ドサドサと、いくつもの大きな包みが走る荷馬車から無造作に地面に転げ落ちていく。その落ちていく量に比例するように、どんどん荷馬車のスピードが上がっていった。

「…せっかく…壁に、帰れるひとたちが…」

誰かの呆然とした声をきいて、思わずぎゅっと目を閉じた。
知らない、そんなこと。
誰に言うでもなく、心のなかで呟いた。



***



やっとの思いで、壁へ帰還した。
重い音を響かせて開いた門から壁に入ると、調査兵団の帰還の鐘を聞き付けた民衆があたりに犇めいていた。帰還を喜ぶものではない野次がたくさん飛ぶ。
醜い、と思った。

「あなた…」
『あ…ベルトルト…』

ベルトルトが横に付いてくれて、少し安心した。彼の大きな影が私を隠してくれるかのように感じる。

『…こいつら、悪魔みたい』

やっと生き延びてきた者たちに向かって好き勝手に罵声を浴びせる民衆の醜さにヘドが出る。

ほらね、悪魔。
こいつらは、悪魔なんだ。

言い聞かせるように、繰り返しそう思った。

「うん…本当に。恐ろしいよ」
『うん…』

エレンの苦しそうな顔も、同期たちの青ざめた顔も、ベルトルトの影に隠れて、見ないふりをした。
通路を囲む人混みから飛んでくる家族を探す声も、聞こえないふりをした。
なにも見えない、聞こえない。見てはいけない。
私は戦士なんだから、惑わされてはならない。



***



ジャン。

そう呼ぶと、ジャンは少し驚いた顔で振り返った。

「びっくりした…もう、いいのか」
『平気。特に怪我はなかったから』

私はお風呂にはいって、着替えただけだ。

『それより…今日は本当にありがとう。びっくりさせて、ごめん』
「いいって…俺も、夢中だったから」
『ん…』

良かったよ、と呟いたジャンにもう一度頷いた。

『…エレン、どうなるのかな』

今回の調査では成果が出せなかった。
となると、憲兵への受け渡しがあるはずだ。

「…さあな…人体実験か…解剖か…」
『…』
「地下に幽閉かも」
『…地下に…』
「あいつが勝手に巨人になっても平気だろ。身動きがとれなくなる」
『それは…怖いね』

思わず言ってしまって、少し口をつぐむ。

怖い?

私を見るジャンの目がそう訊きたげだった。

『聞こえなかった?…怖いだろうね、って言ったの。エレンが』
「ああ…まあ、だろうな」

納得した顔をして、ジャンが頷く。

「ほんと、わけわかんねぇよ…」
『ん…』

と、私を呼ぶ声がして、ベルトルトが現れた。

「あなた、ここにいたんだ…さっきサシャが探してたよ…」
『サシャが?ありがとう。じゃあ…ジャン、また後で』
「ああ…」

ジャンは少しベルトルトを見て、それから私に返事をした。
サシャの元へ向かいながら、ちらりと残してきた男二人を振り返る。

そこにはもう、ジャンしか居なかった。

プリ小説オーディオドラマ