第20話

十五
107
2026/04/22 11:56 更新
生得領域の底は、光の一切を拒絶した澱(おり)のような場所だった。

交流会で花御の根に貫かれ、血を流しながら沈んだあの日から、俺の中の時間は止まっている。
あなた
なぁ、かあさん
影が形作った「母」の残像が、暗闇の中でこちらを見ている。

かつて俺の頬を腫らし、最後には八億の金と引き換えに俺を捨てた女。

 その口が、音もなく動く。


 『お前が甚爾さんに似ているのが悪いのよ』。
あなた
そうだなぁ…
そう。
俺は限りなく、甚爾に似ている。
成長した今は、特に。
あなた
あなたに愛されたかった
ス、と指を伸ばす。

触れた途端、母の形をした影が泥のように崩れ、俺の右腕に吸い込まれていった。

悲しくもなかった。

ただ、ずっと胸の奥に刺さっていた棘が、腐って落ちたような感覚。
あなた
でも、もう“僕”は死んだ。
あなたも、殺された
…“僕”を愛してくれた人を殺した禪院家が憎い。
“僕”を殺した人も、憎い。


でも、、感情を一つ捨てた。

途端に、呪力の巡りが異常なまでに滑らかになる。

影が身体に馴染む。皮膚と影の境界線が曖昧になり、自分の心臓が刻む鼓動が、生得領域全体の脈動と同化していく。


俺は、俺であることを辞める。

誰かに愛されたかった「禪院あなた」はここに置いていく。


 残るのは、ただ一つ。
あなた
恵、まっててな
脳裏に浮かぶのは、自分と同じ術式を操り、誰よりも優しく、そして危うい義弟の姿。

あいつは正しい。だから、傷ついてはいけない。

あいつの代わりに泥を被る役は、
最初から壊れている俺がやればいい。

そのために生まれてきたんだから
あなた
俺が全部背負うたる。
あなた
俺の方が向いてるし

自分に言い聞かせる言葉が、影に溶けて反響する。

愛を捨て、心を空っぽにした器に、
ドロリとした「守護依存」という名の呪いが満ちていく。
 
影の表面が波打った。
外の世界では、恵たちが戦っている。血を流している。


俺は一歩、底なしの闇から踏み出した。
あなた
ちゃんと守れたら、それでええ
その声はもう、人間のものとは思えないほど、
低く、静かに、影の底へ沈んでいった。

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