世界会議(レヴェリー)が可決した「王下七武海制度の撤廃」。
それは世界の均衡を崩す引き金であり、私たち海軍にとっても血を流す覚悟の狼煙だった。
「……行きますよ、あなたさん。僕たちは、話し合いに来たんですから」
凪の帯(カームベルト)に浮かぶ要塞、女ヶ島(アマゾン・リリー)。
軍艦の先頭に立つコビーの表情は硬い。
相手は海賊女帝ボア・ハンコック。覇王色を持ち、その美貌で老若男女を石に変える怪物だ。
「わかってる。……でもコビー、あの兵器を使うのは気が進まないなぁ」
私が視線を向けた先には、無表情で佇む二人の子供――新型パシフィスタ「セラフィム」がいた。
白い髪、褐色の肌、背中の黒い翼。
見た目は子供なのに、その瞳には感情がない。
「……僕もです。でも、被害を最小限にするには、圧倒的な戦力を見せるしかありません」
コビーがマイクを握り、投降勧告を行う。
しかし、返ってきたのは九蛇の戦士たちによる覇気を纏った矢の雨だった。
「交渉決裂! 全員、迎撃ッ!!」
戦闘が始まった。
セラフィム(S-ホーク)が剣を振るうたび、山が切れ、島が揺れる。
あまりの戦闘力にドン引きしていると、戦場の空気が一変した。
甘い香りと共に、戦場の中心に絶世の美女が降り立ったのだ。
「わらわの国を荒らす無礼者ども……全員、石となるがよい!」
ボア・ハンコック。
彼女がポーズを決めた瞬間、周囲の空気がピンク色に染まった。
「は、ハンコック様ァ〜♡」
「なんてお美しい……!!」
海兵たちが次々と頬を赤らめ、デレデレし始める。
ヘルメッポでさえ、「うおっ……ま、眩しい……! こりゃ抗えねェ……!」と鼻の下を伸ばしている。
「『メロメロ甘風(メロウ)』!!」
ドォォォン!!
放たれた光線を浴びた海兵たちが、次々と石像に変わっていく。
カチコチという音が連鎖する中、ただ一人、冷や汗をかきながらも平然と立っている男がいた。
コビーだ。
「……お願いです、ハンコックさん! 抵抗をやめてください!」
コビーは石化していない。
ハンコックが驚愕に目を見開いた。
「なっ……!? わらわの美しさを前に、邪念を持たぬじゃと!?」
「っ……! み、見ないようにしてますから!」
「嘘をつけ! 貴様の目はわらわを捉えておる! ……まさか貴様」
ハンコックが詰め寄る。
「男のくせに、わらわに心動かぬ理由でもあるのか!?」
問い詰められたコビーは、顔を真っ赤にして、それでも大声で叫び返した。
「ぼ、僕には!!! 心に決めた人がいますからァァァァ!!!!」
――シーン。
一瞬、戦場の時が止まった気がした。
「……なんじゃと?」
ハンコックが毒気を抜かれたような顔をする。
コビーは「あわわ、言っちゃった……」と口を押さえて狼狽えている。
しかし。
誰よりもその言葉に衝撃を受けていたのは、物陰で石像たちを回収していた私だった。
(……え?)
私は石化したヘルメッポを抱えたまま、固まった。
(……心に、決めた人?)
コビーに? 好きな人がいる?
誰?
通信部のモブ子ちゃん? それともG-5のひばりちゃん?
いや、誰でもいいんだけど。
問題は、そこじゃない。
(……嘘でしょ。じゃあ私、今までめっちゃ邪魔してたんじゃん)
サーッ……と血の気が引いていく。
思い出される数々の記憶。
訓練の後、汗だくのコビーに抱きついたり。
任務中、怖くて手を繋いだり。
熱を出した時、ずっと手を握って看病したり。
最近なんて「離さないでね」とか言っちゃったり。
(うわぁぁぁぁぁ!! 黒歴史!! 完全に距離感バグってる幼馴染じゃん私!!)
穴があったら入りたい。
コビー、迷惑だったのかな?
好きな子がいるのに、幼馴染の女がベタベタくっついてきて、断りたくても断れなくて、胃を痛めてたのかな?
だから「過保護」になったのも、好きな子への罪悪感とか、私への同情とか……?
「……ごめん、コビー」
私は小さく呟いた。
恥ずかしさと、申し訳なさと、そして胸の奥がギュッと締め付けられるような切なさで、涙が出そうになった。
知らなかった。
コビーはもう、私の知らない誰かのものになってたんだ。
「……これからは、距離置こう。職場の同僚として、わきまえよう」
私が勝手に失恋(?)のショックで落ち込んでいると。
ズズズズズズ……
空が急に暗くなった。
私の個人的な絶望とは比にならない、本物の「闇」が世界を覆い始めたのだ。
「ゼハハハハハ!! 盛り上がってるねェ!!」
黒い渦の中から現れたのは、四皇・黒ひげ(マーシャル・D・ティーチ)。
「七武海じゃなくなったんだろォ? その能力、俺が貰っちまうぜ!!」
圧倒的な引力が、島全体を揺らす。
コビーの顔色が変わり、ハンコックが構える。
「……黒ひげ……!!」
コビーが叫ぶ。
私は……ショックで足が動かなかった。
でも、黒ひげのギラついた視線は、ハンコックだけじゃなく、呆然としている私をも捉えていた。
「おやァ? そこにいるのは……ロッキーポートの時にいた、便利な移動能力の姉ちゃんじゃねェか」
黒ひげがニタリと笑った。
「ゼハハハ! ラッキーだ! お前もまとめて連れて帰ってやるよォ!!」
「闇穴道(ブラック・ホール)!!」
地面に広がった闇が、私を飲み込もうとする。
「あなたさん!!!」
コビーが私に向かって手を伸ばした。
いつもなら、その手を取っていた。
でも、私の中の「迷惑かけちゃいけない」というブレーキが、一瞬だけ反応を遅らせてしまった。
(……ダメだ。私なんかが、コビーの手を煩わせちゃ……)
その一瞬の躊躇が、運命を分けた。
コビーの手が空を切り、私は闇の中へと沈んでいく。
「コビー……逃げて……」
それが、私が最後に見た、絶望に染まるコビーの顔だった。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!