第43話

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2026/02/19 22:43 更新





世界会議(レヴェリー)が可決した「王下七武海制度の撤廃」。
 それは世界の均衡を崩す引き金であり、私たち海軍にとっても血を流す覚悟の狼煙のろしだった。


「……行きますよ、あなたさん。僕たちは、話し合いに来たんですから」


 凪の帯(カームベルト)に浮かぶ要塞、女ヶ島(アマゾン・リリー)。
 軍艦の先頭に立つコビーの表情は硬い。
 相手は海賊女帝ボア・ハンコック。覇王色を持ち、その美貌で老若男女を石に変える怪物だ。


「わかってる。……でもコビー、あの兵器を使うのは気が進まないなぁ」


 私が視線を向けた先には、無表情で佇む二人の子供――新型パシフィスタ「セラフィム」がいた。
 白い髪、褐色の肌、背中の黒い翼。
 見た目は子供なのに、その瞳には感情がない。


「……僕もです。でも、被害を最小限にするには、圧倒的な戦力を見せるしかありません」


 コビーがマイクを握り、投降勧告を行う。
 しかし、返ってきたのは九蛇の戦士たちによる覇気を纏った矢の雨だった。


「交渉決裂! 全員、迎撃ッ!!」


 戦闘が始まった。
 セラフィム(S-ホーク)が剣を振るうたび、山が切れ、島が揺れる。
 あまりの戦闘力にドン引きしていると、戦場の空気が一変した。
 甘い香りと共に、戦場の中心に絶世の美女が降り立ったのだ。


「わらわの国を荒らす無礼者ども……全員、石となるがよい!」
 ボア・ハンコック。
 彼女がポーズを決めた瞬間、周囲の空気がピンク色に染まった。


「は、ハンコック様ァ〜♡」

「なんてお美しい……!!」


 海兵たちが次々と頬を赤らめ、デレデレし始める。
 ヘルメッポでさえ、「うおっ……ま、眩しい……! こりゃ抗えねェ……!」と鼻の下を伸ばしている。


「『メロメロ甘風(メロウ)』!!」


 ドォォォン!!


 放たれた光線を浴びた海兵たちが、次々と石像に変わっていく。
 カチコチという音が連鎖する中、ただ一人、冷や汗をかきながらも平然と立っている男がいた。
 コビーだ。


「……お願いです、ハンコックさん! 抵抗をやめてください!」


 コビーは石化していない。
 ハンコックが驚愕に目を見開いた。


「なっ……!? わらわの美しさを前に、邪念を持たぬじゃと!?」

「っ……! み、見ないようにしてますから!」

「嘘をつけ! 貴様の目はわらわを捉えておる! ……まさか貴様」


 ハンコックが詰め寄る。


「男のくせに、わらわに心動かぬ理由でもあるのか!?」


 問い詰められたコビーは、顔を真っ赤にして、それでも大声で叫び返した。


「ぼ、僕には!!! 心に決めた人がいますからァァァァ!!!!」


 ――シーン。


 一瞬、戦場の時が止まった気がした。


「……なんじゃと?」


 ハンコックが毒気を抜かれたような顔をする。
 コビーは「あわわ、言っちゃった……」と口を押さえて狼狽えている。
 しかし。
 誰よりもその言葉に衝撃を受けていたのは、物陰で石像たちを回収していた私だった。
(……え?)
 私は石化したヘルメッポを抱えたまま、固まった。
(……心に、決めた人?)
 コビーに? 好きな人がいる?
 誰?
 通信部のモブ子ちゃん? それともG-5のひばりちゃん?
 いや、誰でもいいんだけど。
 問題は、そこじゃない。
(……嘘でしょ。じゃあ私、今までめっちゃ邪魔してたんじゃん)
 サーッ……と血の気が引いていく。
 思い出される数々の記憶。
 訓練の後、汗だくのコビーに抱きついたり。
 任務中、怖くて手を繋いだり。
 熱を出した時、ずっと手を握って看病したり。
 最近なんて「離さないでね」とか言っちゃったり。
(うわぁぁぁぁぁ!! 黒歴史!! 完全に距離感バグってる幼馴染じゃん私!!)
 穴があったら入りたい。
 コビー、迷惑だったのかな?
 好きな子がいるのに、幼馴染の女がベタベタくっついてきて、断りたくても断れなくて、胃を痛めてたのかな?
 だから「過保護」になったのも、好きな子への罪悪感とか、私への同情とか……?


「……ごめん、コビー」


 私は小さく呟いた。
 恥ずかしさと、申し訳なさと、そして胸の奥がギュッと締め付けられるような切なさで、涙が出そうになった。
 知らなかった。
 コビーはもう、私の知らない誰かのものになってたんだ。


「……これからは、距離置こう。職場の同僚として、わきまえよう」


 私が勝手に失恋(?)のショックで落ち込んでいると。


 ズズズズズズ……


 空が急に暗くなった。
 私の個人的な絶望とは比にならない、本物の「闇」が世界を覆い始めたのだ。


「ゼハハハハハ!! 盛り上がってるねェ!!」


 黒い渦の中から現れたのは、四皇・黒ひげ(マーシャル・D・ティーチ)。


「七武海じゃなくなったんだろォ? その能力、俺が貰っちまうぜ!!」


 圧倒的な引力が、島全体を揺らす。
 コビーの顔色が変わり、ハンコックが構える。


「……黒ひげ……!!」


 コビーが叫ぶ。
 私は……ショックで足が動かなかった。
 でも、黒ひげのギラついた視線は、ハンコックだけじゃなく、呆然としている私をも捉えていた。


「おやァ? そこにいるのは……ロッキーポートの時にいた、便利な移動能力の姉ちゃんじゃねェか」


 黒ひげがニタリと笑った。


「ゼハハハ! ラッキーだ! お前もまとめて連れて帰ってやるよォ!!」

「闇穴道(ブラック・ホール)!!」

 地面に広がった闇が、私を飲み込もうとする。


「あなたさん!!!」


 コビーが私に向かって手を伸ばした。
 いつもなら、その手を取っていた。
 でも、私の中の「迷惑かけちゃいけない」というブレーキが、一瞬だけ反応を遅らせてしまった。
(……ダメだ。私なんかが、コビーの手を煩わせちゃ……)
 その一瞬の躊躇が、運命を分けた。
 コビーの手が空を切り、私は闇の中へと沈んでいく。


「コビー……逃げて……」


 それが、私が最後に見た、絶望に染まるコビーの顔だった。

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