意識が浮上した時、最初に感じたのは冷気と、波に揺られる不快な感覚だった。
重い瞼を開けると、そこは鉄格子に囲まれた薄暗い空間だった。
「……う……」
「あなたさん!? 気がつきましたか!?」
焦燥感に満ちた声と共に、誰かの手が私の肩に触れた。
目が慣れてくると、目の前にコビーの顔があった。
彼の手足には手錠がかけられ、私の手首にもずっしりと重い感覚――海楼石の手錠が嵌められていた。
「よかった……! ずっと目を覚まさなくて……怪我の具合はどうですか? 寒くないですか?」
コビーが私の顔を覗き込み、額に手を伸ばしてくる。
いつもの、過保護で優しいコビーだ。
でも、その優しさが今の私にはチクリと痛い。
(……ダメだ)
私は反射的に、ビクッと体を後ろに引いてしまった。
「……え?」
コビーの手が空を切る。
彼は驚いたように目を丸くし、それから少し傷ついたような顔をした。
「……あなたさん? どうしたんですか?」
「あ、ごめん。……ちょっと、びっくりして」
私は膝を抱えて、コビーから少し距離を取るように座り直した。
違う。コビーが嫌いなわけじゃない。
でも、あの女ヶ島での叫びが――「僕には心に決めた人がいますから」という言葉が、呪いのように耳に残っているのだ。
(これ以上甘えたら、コビーに迷惑がかかる。……コビーには大事な想い人がいるのに、幼馴染の私が距離感もわからずベタベタしてたら、その人に悪いし……)
私は勝手に気を使って、勝手に壁を作った。
コビーは困惑している。なぜ私が目を合わせないのか、なぜ距離を取るのか、全くわかっていない様子だ。
「ゼハハハハハ!! お目覚めか、海軍の英雄と便利屋姉ちゃん!!」
不意に、鉄格子の向こうに巨体が現れた。
四皇・黒ひげだ。ニヤニヤしながら私たちを見下ろしている。
「黒ひげ……!! ここはどこだ!!」
コビーが立ち上がり、鉄格子に食らいつく。
「俺の船、サーベル・オブ・ジーベック号の船倉だ。安心しろ、もうすぐ俺たちの楽園『ハチノス』に着くぜ」
「ハチノス……海賊島……!」
「お前らは俺の大事な交渉材料だ。……英雄コビーの命と、そっちの姉ちゃんの『パスパスの実』。海軍(サカズキ)がどっちにどれだけの値を付けるか、見ものだなァ!!」
黒ひげが高笑いをして去っていく。
再び、重苦しい沈黙が檻の中に満ちた。
ここは四皇の本拠地へ向かう船。脱出は不可能に近い。
海楼石のせいで私は無力な少女だし、コビーも手錠で拘束されている。
絶望的な状況だ。だからこそ、余計に「邪魔しちゃいけない」という思いが強くなる。
「……あなたさん」
沈黙に耐えかねたように、コビーが口を開いた。
彼は座ったまま、じり、と膝を進めて私に近づこうとする。
「さっきから、様子が変です。……僕、何かしましたか?」
「してないよ」
「じゃあ、なんで避けるんですか? なんで目を合わせてくれないんですか?」
その声は必死だった。
暗がりでもわかる。彼は今、捨てられた子犬のような顔をしている。
「……別に」
私は視線を床に落としたまま、ボソボソと言った。
「コビーには……その、大事な人がいるんでしょ?」
「は?」
「ハンコックの前で言ってたじゃん。『心に決めた人がいる』って」
口に出すと、胸がズキズキ痛んだ。
でも、言わなきゃ。
「だから……私なんかがベタベタしてたら、悪いかなって。これからは同僚として、適切な距離を保とうと思って……」
「…………」
私が言い終わると、コビーは絶句して固まった。
数秒の沈黙。
そして。
「……はぁぁぁぁぁぁぁ…………」
コビーが、両手で頭を抱え、地の底から響くような長〜〜〜い溜息をついた。
それはもう、呆れと疲労と絶望が入り混じった、魂の抜けるような溜息だった。
「……え、なに? なんでため息?」
「……あなたさん。貴女って人は……」
コビーが顔を上げる。
その顔は、怒っているような、泣きそうな、そして「どうしてくれようか」と言いたげな複雑な表情だった。
「本当に、心の底から……バカなんですか?」
「はぁ!? 気を使ったのにバカって何よ!」
「バカですよ!! 大バカ者です!!」
コビーが叫んだ。
そして、手錠が掛かったままの両手で、私の肩をガシッと掴んだ。
「ひゃっ!?」
「いいですか!? よく聞いてください!」
コビーの顔が近づく。
鼻先が触れそうな距離。眼鏡の奥の瞳が、剣幕で私を射抜いている。
「僕に『心に決めた人』がいようがいまいが! 貴女が僕の『相棒』である事実は1ミリも変わりません!!」
「で、でも……その人が嫉妬したら……」
「しませんよ!! というか、させるもんか!!」
コビーが声を荒らげる。
「貴女は僕の背中を預ける唯一のパートナーです! ロッキーポートでも、あの頂上戦争でも、ずっと一緒に死線を越えてきたんです! ……それを『遠慮』なんてふざけた理由で、勝手に距離を置くなんて許しませんよ!?」
コビーの手が、痛いくらい強く私の肩を握りしめる。
「僕がどれだけ貴女を大事に思ってるか、まだわからないんですか!? 貴女に避けられるのが、黒ひげに捕まるより怖いって言ってるんです!!」
――ドクン。
その言葉の熱量に、私は圧倒された。
(……そっか)
恋愛感情とか、そういうのは別として。
コビーにとって私は、代わりの利かない存在なんだ。
それがわかっただけで、冷え切っていた胸の奥が、カッと熱くなった。
「……わかった。わかったよ、コビー」
私は力が抜けて、コビーの胸にコテンと頭を預けた。
「ごめんね。私、バカだった」
「……はい。本当に、鈍くて手のかかるバカです」
コビーが脱力したように私の頭に顎を乗せる。
「……はぁ。胃が痛い。貴女のせいで寿命が縮みます」
「ごめんってば。……でも、よかった」
「何がですか?」
「コビーに嫌われたんじゃなくて、よかった」
私がへらっと笑うと、コビーは「……たくもう」と呆れながら、でも優しく私の頭を撫でてくれた。
(……心に決めた人、かぁ)
一体どんな子なんだろう。
きっと、私みたいにガサツじゃなくて、賢くて綺麗な人なんだろうな。
ちょっとだけ胸がチクリとするけど、今はまだ、この特等席(相棒のポジション)を譲る気はない。
だって、この温もりを知ってるのは、世界で私だけだもん。
「……ここから出たら、一番高いお肉奢るから許して」
「当たり前です。デザートもつけさせますからね」
私たちは暗闇の中で寄り添った。
物理的な距離はゼロ。
でも、心の距離はまだ「最強の相棒」止まり。
コビーの長い長いため息の意味に、私が本当に気づくのは、まだずっと先の話だ。
その頃。
海軍支部G-14では、二人が拉致されたという知らせを受けたヘルメッポが、サングラスを叩き割ってブチ切れていた。
「あいつらを……俺のダチを返せェェェェ!! 待ってろコビー、あなた!! 今すぐ助けに行くからなァ!!」
SWORDの反撃が、今始まろうとしていた。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。