るぅとと真っ暗な道を歩く。
友達から言われたことを伝えようと思ったが、やめた。
それを言ってしまったら、今まで俺のしてきた事が水の泡になってしまう。
「…ぇッと、…さとみッ先輩。手、繋ぎたぃ…ッです」
朝とは全然違うるぅとの度胸。
多分、自分から手を繋ごうと言えなかったことを後悔したのかな。
どうして?そんな野暮な事は言えない。
今までずっとそうしてきた事を、急になんでと言える馬鹿がいるか。
「勿論いいよ、ほら」
るぅとの方に手を差し出す。
今度は朝と別の手のつなぎ方をする。
指と指の間に自分を絡ませ、優しく握る。
俗世で言う恋人つなぎというものだ。
いかにもな感じで少し緊張する。
慌てるように彼の手が動いたが、少し経つと落ち着いたのか恋人つなぎを認め、握り返してくれた。
るぅとは、俺が出来なかった努力を実らせた。
譲歩しないと、今の彼に俺はつり合わない。
真っ暗な夜に点々とする街灯、家の明かりに月明かり。
冬の夜は街灯が付けられてても、闇の中に居るようで少し不気味だ。
隣を見ると寒そうに手をブレザーのポケットに突っ込んでいるるぅとがいた。
るぅとは朝と違い、初めから手袋をしていなかったところからして、彼の心情が察せられる。
変にいたたまれなくなり、繋いだままの手を自分のポケットに入れる。
「あッ…ちょッぇ、」
「まだこんなか冷たいけど、まあ温かくなるでしょ。……まじか嫌だった?」
もしかしての事があるので、一応の予防線を張っておく。
その言葉を真に受けたようにるぅとは首をぶんぶんと横に振ってくれた。
ポケット入っている手が揺れる程に否定した。結構激しい。
「…ッ〜。…ぁの、さとみッ先輩って、カノジョ…っていらっしゃるんでしたっけ……?」
今日はるぅとから話しかけてくることが多い日だ。るぅとの敬語が若干おかしい気がするがあえて指摘しないでおく。
カノジョはいないが、正直好きな人はいる。
るぅとじゃないんだけど。
…少し意地悪してみようか。
「んー…いない。けど好きな人は、いるよ。」
「…ッあそうなん、、ッでしたか…」
また敬語がおかしい気がしたが、今回もあえて指摘しないでおく。
少し気になって、るぅとの顔を見てみると大きな瞳で地面を見つめている。
俺たちはただの先輩と後輩。
恋人でも何でもない。
だけど、るぅとといると、何故か心が安らぐ。
…あともう1回だけ、意地悪しようかな。
「…るぅと、ごめんね」
今までで発したことの無いくらい優しい声で、彼にそう言う。
繋いでいた手をパッと離し、るぅとの腕を掴んで道路の端の方にどんどん進み、最後には路地裏の真ん中辺りで止まる。
壁に彼を押し付けて、俺はそれに向かい合った。
るぅとは目を見開き、口をだらしなくあんぐりさせている。
「…ぁぇ、さっ、さとみ先輩…ッ」
るぅとの言葉を聞かずに無理やり薄紫で寒そうな唇に食らいつく。
一瞬にして唇が濡れ、酸素が体の中から漏れ出す。彼の口の中は思ったよりも小さくて、舌を入れているとあっという間に埋まってしまいそうだと思った。
「…ぁ、むぇ、…んッ、せんぱッ、いきが…ッ」
酸素をるぅとに与えないよう間髪を入れずに、キスを続ける。
順応矛盾に舌を動かすと疲れてしまうから、ゆっくりと動かしてたまに彼の歯茎をなぞることでキスは完成する。
けれど必死に俺の肩を掴んでいた手の力が少しづつ抜けてきていたので、流石にやばいなと思い、彼の唇との距離を離した。
「…ッゲホッ、ゲホッッ!!…はーッ、はーッ……はーッ」
るぅとは激しく咳き込み、息を整えようと必死に酸素を取り込む。
急にキスすると鼻で息が出来る事を忘れてしまい、酸欠になる。
それを知っていての乱暴なキスをるぅとにしてしまった。
それは最早悪戯という幼稚なものでは無く、軽犯罪にもなり得る。
「はーッ、はーッ…、先ッ輩なんで…ッ」
「お願い、鼻で息吸って。……もう一回」
「…は、いまッなんて…ッ!?」
もう一度るぅとの真っ赤になった唇に吸い付く。
今度はフレンチキスから始める。
重ねるだけじゃ物足りないから唇を食んだり、撫でるようにゆっくりと舌で舐めとる。
るぅとが手で肩を優しく叩いていたので、また息が出来なくなってしまったと思い、一旦口を離して小さく声をかける。
「…るぅと、鼻で息吸うの。…やってみ」
るぅとは酸欠なのか混乱しているのか、涙目になりながら俺をじっと見て声を出さずにいた。鼻で息を吸うことを促すと、口を閉じて呼吸してくれた。
「…うん、そうやるの。良い子だね、それ覚えといて」
再会しようと彼に唇を近づけたが、彼の声によってそれは阻止されてしまった。
「さとッみ先輩…ッまって、まって下さいッ」
「…どったの、ファーストキスが俺でやだった?」
「〜ッ、それはっ、全然大丈夫ですけど……ッ」
いいんだ。悠長なことを思った。
「…どッどうして、ですか。ッ何で急に…ちゅー、、なんか…ッ」
あぁ、こいつキスのことそう呼ぶんだ。
可愛いとこあんじゃん。
また悠長なことを思う。ほんとに馬鹿だ。
「……ねぇ、るぅと。好きな人って、いるの」
「…ぇッ、まっまあ、、ッいます…けど」
「だれ、その好きな人、」
彼の目をじっと見て、そう聞く。
るぅとは目をちらちらさせながら俯いたり、横を向いたり忙しそうだ。
「………せんぱ、い…ッ」
「だれ先輩?」
「さ……さとッみ先輩……ッで、す」
先程まで目がわちゃわちゃしていたが、しっかり俺の目だけを見て言ってくれた。
あぁ、これだ、俺の抱いたるぅとの心地良さ。
心が浮き上がりそうなほど嬉しい。
嬉しかったから、
「…そっか、じゃあ両想いだ。」
嘘をついた。
「……ぇ、ぁッ、りょう、おもッ…ぃ……?」
「うん、俺もるぅとの事愛してる」
「…ぁぃしてッ、、りょぅッおも…ッ」
そう言うとるぅとは泣き出してしまった。
静かにポロポロと涙だけを出す。
ダムが決壊したかのようにただ溢れ出てくる。
それがとても愛しく感じて、るぅとを体全体で包み込んだ。
すき、大好き、愛してる。
俺の方も気持ちがいっぱいになってしまう。
今までるぅとに、さとみ先輩をしていた理由が、今やっと分かった気がする。
「ねぇるぅと、もう一回キスしよ。今度は恋人として」
まだ静かに泣きじゃくっているるぅとに、今度は優しくキスをした。
最初はフレンチキス。
しっかり順序を踏まなければはいけない事を、やっと思い出した。
泣いて動悸が荒くとも、るぅとは鼻で息を吸ってくれていた。
「…した、だして」
唇を離してそう言うと、るぅとは素直に口を小さく開けて舌をちょぴっと出す。
俺は可愛く差し出された彼の舌を、小さく食んでから彼の口内を舌でゆっくり掻き回す。
彼の肩に添えていた手を、後頭部に優しく当てて、俺は恋人らしさを追求する。
小さく漏れる彼の声。
その声だけで今の自分は心臓が抉られる。
偶に頑張って不器用ながら舌を絡めようとするところがより愛しく思える。
長く続く甘ったるい時間。
永遠に続いて欲しいとも思えるものをくれたるぅとに、俺が出来るものなら何でもしてあげたいと思った。
「…るぅと、すき、すき。あいしてる、」
「…ぁ、、ひっん、んむぇ、ぼくも…らいすきぃ…、、」
俺はこれから嘘の愛を与え続けよう。
愛でぽっかり空けられた穴を、
代用品で埋める為に。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!