桃side
それは、突然のことだった。
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴らされる。
ドアの方まで歩いて、鍵を開けて。
ここまでは、いつも通りだったはずなんだけど———
ドアノブに手をかけた瞬間、声が頭の中で響いた。
思わず、そんな声が漏れた。
俺の考えたことじゃない。
そもそも、俺の声ですらない。
…なんだ? 今の。
不審に思いながらも、ゆっくりとドアを開けてみる。
そこには、まろが立っていた。
…そういえば、さっき聞こえた声も、
まろのものだったような…
何か手がかりがあるかと、たずねてみる。
今度は、はっきり聞こえた。
まろの口は動いてない。
声は頭の中に直接響いてきた。
…俺の家の冷蔵庫を、漁る…!?
目の前の青髪をまじまじと見つめるも、
今はそうじゃないと気づく。
それよりも、声が聞こえてきたのが謎だ。
…まさか、まろは超能力者…とか!?
そんな突拍子もない考えを振り払うかのように、
頭をぶんぶん横に振る。
今度は、普通の声。
まろが、きょとんとしたような表情を浮かべる。
声は、もう聞こえない。
気のせいだったのか…なんて思いつつ、
ソファに腰を下ろした。
その瞬間。
再度、頭に響く声。
ばっと冷蔵庫の方に振り向くと、
案の定、まろが立っていた。
まさかとは思うけど…
恐る恐る、口に出してみる。
それで、確信した。
これ、心の声だ。
理解した瞬間、
頭の片隅にある考えが思い浮かぶ。
もしも。
もしも、本当に心の声が聞こえているのなら。
「レモンサワーは!?」と大声をあげるまろをよそに、
俺は、ある人の心を読むため、外に出た。
ピンポーン
自分が鳴らしたインターホンの音が、
やけに大きく聞こえた。
どくどくと鳴る胸の鼓動を抑え、ドアに向き直る。
確かめたい。
彼の気持ちを———
ガチャ
次の瞬間、
ドアが開いて、綺麗な赤髪が顔を出した。
その整った顔が、俺を見るなり露骨にしかめられる。
…やはり、俺は心を読めるようになったらしい。
頭の中に響く声に安堵する。
ひとりでに頷く俺に、りうらは首をかしげながらも、
「入っていいよ」とドアを軽く押した。
そのまま、リビングに案内される。
…って…
全然心の声聞こえてこないんですけど!?
かれこれ5分間、ソファに座り、
スマホを弄るふりをしながらりうらを盗み見てみるも、
心の声のようなものはまったく聞こえてこない。
まさか、心読めるのはまろ限定、とか…
そこまで考えて、いや、と首を振る。
りうらの心の声は、たしかに玄関先で聞こえた。
ということは、待っていれば
何かしら聞こえてくるはず———
驚きのあまり、変な声が飛び出した。
慌てて口を塞ぐ。
深紅の瞳に心を見透かされている気がして、ばっと目を背けた。
実際、心を見透かしてるのは俺の方なんだけれど。
どくん、どくんと心臓の鼓動が響いて聞こえる。
…かっこいい、って…いやいやいや、そんなまさか。
顔が一気に熱くなる。
聞き間違い…じゃ、ないと思う。
はっきりと脳内に響いた声。
夢かと疑ってこっそり頬をつねってみるも、
ちゃんと痛かった。
…りうら、俺のこと大好きじゃん。
自然と、顔がにやけてしまう。
気が緩んだせいか、
異常なくらいでれっでれな声が出てしまった。
引かれてないかと隣を盗み見る。
かわいいな、おい。
一つ咳払いをして、
ポーカーフェイスを作った。
頭の中で、りうらの心の声がリフレインする。
…俺は、けっこう貪欲な人間らしい。
聞きたい。
今度は、君の口から。
ねえ、と、いったん言葉を置いた。
ほんの一瞬、りうらの指がぴくりと動いた。
まったくもって真逆の声が、
頭の中で同時に響いた。
半歩、隣に寄ってみる。
りうらの横顔は、もう心を読む必要もないくらいに
真っ赤に染まっていた。
胸の奥がきゅっと締め付けられる。
ゆっくり息を吸った。
赤色の瞳が、訝し気にこっちを見ている。
少し、声のトーンを落とす。
時が止まったかのように静かだった。
さっきまであれほど賑やかだった心の声も、
今は嘘みたいに途切れている。
目が大きく見開かれて、
唇がかすかに震えていて。
また少し、距離を詰めた。
りうらが小さく身じろぎする。
数秒の沈黙の後、りうらは観念したように口を開いた。
消え入りそうなくらい、小さな声。
胸の中が愛しさで埋め尽くされて、
息ができなくなりそうだ。
低く囁いて、唇同士が触れる寸前で止めてみる。
心の声は、もう、聞こえてこない。
今度こそ、そっと、唇を重ね合わせた。
数時間後。
俺はもうほとんどエスパーのような能力を失っていた。
けれど———
一瞬、言葉に詰まった。
まっすぐこちらを見つめる赤い瞳。
さっきまでの照れに加え、
今は不安と疑問が入り混じったような色をしている。
口を開きかけて、止めた。
やっぱり、あの時の素直なりうらは、
俺の心の中だけにしまっておこう。
なにより、バレたら怒られちゃいそうだしね…
この後、結局心を読んでいたことがバレて、
りうらに問い詰められるのは、また、別の話。
続く…?












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!