白side
2月13日、
バレンタイン前日。
まだ少し肌寒い空気の中———
と言っても、部屋の中はぬくぬくだけど———
僕達子ども組は、りうちゃんの家に大集結していた。
軽く飛び上がって、
ぱちんっ、と手を合わせる。
身に着けていたエプロンのすそが、ふわりと舞い上がった。
りうちゃんが板チョコに手を伸ばす。
が、次の瞬間、ぴたりと固まった。
顔を少し俯かせたまま、微動だにしない。
開始数秒しか経ってへんのに…
何かあったんやろか。
そっと、その顔を覗き込む。
まるで何かの怪談みたいに、ぽつりと落とされたその一言。
一瞬、部屋の空気が止まったような気がした。
ただのチョコ作りやのに。
りうちゃんはゆっくりと僕の斜め後ろに目をやる。
僕が反射的に振り返ると———
…静寂。
後、大声。
腰に手を当て、怒るりうちゃんと、
深々と頭を下げるいむくん。
さっき僕もひとかけらだけいただいたのは…黙っておこう。
結局、足りなくなった分の板チョコは、
いむくんが買いにいくこととなった(ごめん)。
ドアの閉まる音がして、一人分の気配が消える。
その声に、僕も包丁を手に取った。
隣からは、トン、トン、トン…と
小気味良い音が聞こえてくる。
ふと目を向けると、
りうちゃんは珍しく真剣な顔をしていた。
…もしかして、本命、だったり。
そう尋ねると、変な声と同時に、
がくん、とりうちゃんの肩が下がった。
包丁を持つ手が止まり、
顔はみるみるうちに赤く染まっていく。
と、ちょうどその時、いむくんが帰ってきた。
ちょっとはやすぎる気もするが、ひとまずそれは置いておこう。
というか、置いておいてもらいたいものだ。
ぱっと包丁を置いて声をかける。
いむくんが不思議そうに首を傾げる。
隣からの「絶対言うな」とでも言いたげな視線を無視して、
僕はにやりと口角を上げた。
叫び声と同時にボウルが傾く。
慌てて手を伸ばした。
そう言ったりうちゃんの顔は、もう真っ赤だった。
それでさすがのいむくんも理解したらしく…
チョコ作りそっちのけで、
二人、りうちゃんを軽くこづきはじめる。
りうちゃんは、拗ねたようにむっと唇を尖らせて、そっぽを向いた。
いじりすぎたかな、と
いむくんと顔を見合わせる。
…直後、ぽそっと、聞こえた声。
その声はものすごく小さかったけれど、
ちゃんと、僕らの耳に届いていた。
二人同時に声を上げて、再度わちゃわちゃする。
赤い顔で頬を膨らませるりうちゃんを軽くあしらう。
やっぱかわええな、うちの最年少。
チョコを刻み終えて、次は湯煎。
鍋にお湯を張って、ボウルを浮かべる。
刻まれていたチョコがゆっくりと形を失い、
キッチンに甘い香りが広がってきた。
ゴムベラを手にしたりうちゃんが、
いたずらっぽく笑う。
指先に視線を向けると、
そこにはいむくんの姿が。
その横顔は、どこかそわそわしているようにも見える。
後ろからひっついてみると、
いむくんはびくっと肩を揺らした。
握られたゴムベラから、チョコがぽたりと落ちる。
今度は、いむくんの頬が赤くなった。
先程の仕返し、と言ったところだろうか。
りうちゃんの顔がどことなく生き生きしている。
…わかりやすい、パート2。
僕が指差したのは、
彼の手元に転がっている、ハートの型。
少しの沈黙の後、いむくんは、
観念したように、こくんと頷いた。
言葉はなかったけれど、それだけで十分。
…なんかええなあ、片想い。
鍋の中で、とろとろになったチョコが静かに揺れる。
甘い匂いの漂うキッチンは、空気だけが妙に甘酸っぱかった。
溶かし終わったチョコを型に流し込み、空気を抜く。
りうちゃんが冷蔵庫に手をかけた、その時。
ピンポーン
鳴り響いたチャイムの音。
りうちゃんはぱたぱたと足音を立てて
玄関まで向かっていった。
僕が扉を開けて、いむくんがトレイを持って。
無事、型に入ったチョコを冷蔵庫に入れる。
と同時に肩の力が抜けた。
壁にもたれかかったまま、
軽くいむくんと手を合わせる。
まだほんのり残っている甘い香りを吸い込んだ。
…悠くん、喜んでくれるとええなぁ…
そんなことを考えていると、
りうちゃんがキッチンに駆けこんできた。
額に汗が浮かんでいる。
どこか、焦ったような表情。
思わず聞き返す。
再度、りうちゃんは口を開いた。
今度は、はっきりと聞こえたその声。
僕らは、一瞬フリーズした。
…かと思うと、今度はものすごい勢いで思考がまわり始める。
…元々、バレンタインのことはサプライズの予定だった。
あと、恥ずかしいから直前まで黙っていたいというツンデレ達の要望。
やっぱり、ここはなんとかして誤魔化すしか———
ガチャ
突如響いた、今一番聞きたくないであろう音。
ひやっとした外の空気が、一気に流れ込んできた。
ぎこちなく後ろを振り向く。
本日二度目の絶叫とともに、
再びりうちゃんが玄関の方へ駆けていく。
そっと様子を見てみると、
勢いあまった体がないちゃんの胸へと飛び込んでいた。
りうちゃんが一瞬、完全に固まった。
ものすごく引きつった笑顔。
…大丈夫かなと少し身を乗り出した、その時。
苦し紛れすぎる言い訳が、しん…とした玄関に虚しく響いた。
ないふは唖然としているし、
悠くんなんてもう吹き出している。
小刻みに震えている悠くんの肩を見て、我に返った。
こうしちゃおれん。
僕は僕にできることをしなければ…!
いむくんと目を合わせて、無言でうなずく。
言葉にしなくても、考えてることは同じだった。
———証拠隠滅。
微かに聞こえてくる声達も、
ざああああ、という水の音にかき消されていく。
シンクの底で勢いよく跳ねる水
、全部まとめてつっこまれた道具たち。
がちゃん、がちゃん
ボウルやらヘラやら包丁やらが
ぶつかり合う音が大きくて、
全部バレてるんじゃないかとさえ思った。
きゅ、と水を止めて、シンクを一瞥する。
これで証拠隠滅は完了。
完璧かどうかは…考えないことにした。
りうちゃんの家の道具ではあるけど。
でもまあ、これでキッチンを見られても心配なくなるわけで…
達成感に浸っていたその時。
水の音がしなくなった今、
向こう側の声はやけにはっきり聞こえた。
少し、耳を澄ましてみる。
少し間を開けて、あっさりとまろちゃんは言った。
…空気が、止まった。
少し俯いたいむくんの顔に影が差している。
大人組の賑やかな声が耳を刺す。
いむくんは———笑っていた。
どこか、力の抜けた笑顔。
へらへらと手を振って、冗談みたいに。
不自然なくらいに明るい声だった。
胸の奥に嫌な感じが残る。
止める間もなく、いむくんは玄関の方へ飛び出した。
りうちゃんと目が合った。
聞いてたの、って、赤色の瞳がうったえてくる。
まろちゃんの声も無視して、
いむくんは外に出た。
ばたん、と音がして勢いよくドアが閉まる。
静まり返った空気の中、
最初に口を開いたのは、りうちゃんだった。
困惑しているまろちゃんを囲んで、
二人でわあわあ責め立てる。
悠くんもないちゃんも、
ただ目を丸くしてその光景を見ていた。
色々な声が飛び交う中、
小さく零されたその一言を、
僕らは、誰も聞いていなかった。
どこか虚ろな気持ちのまま、
りうちゃんとのトーク画面を見つめる。
結局、青組の件は話がうやむやになったまま帰ってきてしまった。
小さくため息をついて、
ソファの背もたれに体をあずける。
…と、不意に後ろから抱き着かれた。
少し振り向いて、悠くん、って呼ぼうとして。
思わず、言葉を失った。
その瞳が、息を呑むほどに綺麗で———優しかったから。
一瞬、言葉に詰まった。
いむくん。
今何してるかな。
独りで、泣いてへんかな…
頭の中で色々考えながら、口を動かす。
努めて明るくそう言うと、
後ろから回された腕にぎゅっと力がこもった。
…やっぱ、ばれちゃうか。
でも、悠くんはそれ以上何も言わない。
考えるそぶりを見せると、
悠くんは少し不安気な顔になった。
かわいいので、ちょっとからかってみる。
僕は笑った。
悠くんも笑った。
リビングの空気は、さっきよりも少しだけ暖かかった。
立ち上がって、上着を掴む。
…やっぱ、親友には心の底から笑ってほしいやん?
悠くんがにこって笑った。
めちゃくちゃ長くなってしまった…(すみません…!!)











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。