その頃、遥と李仁視点────────
突然、黒い影が見えた。
その影とハルの間に、あにきが割り込む。
その腕は、食屍鬼の鋭い爪によって引き裂かれた。
あにきはグールを蹴り上げたけど、それまでだった。
よろよろと立ちくらみ、倒れる。
大丈夫なわけが無い。
腕には大きな切り傷──しかもグールにやられたやつがあって、こんなの放っておいたら失血死してしまう。
それより、あにきはもうすぐにグールになってしまうだろう。
でも、今ここであにきを殺すことは出来ない。
そうすべきなんだけど、どうしても体が拒否反応を起こして、出来ない。
声をかける前に、遥は行ってしまった。
直後、隣の車両から爆発音が響く。何したんだろ……
気にしている暇は無い。
ハンカチに消毒液を垂らし、傷口を拭く。
相当酷い傷だ。普通にしていたら失血死してしまうが、グールのウイルスもどうにかしなくてはならない。
消毒液が染みる痛みを感じないほどに、あにきは弱っていた。顔色も相当悪いし、脂汗をかいているし。なにより、指先にはもうグールの鱗がついている。
だけど、よく良く考えればこれには意味が無いことに気がついた。あれには消毒液なんて生ぬるいものはほとんど効かない。さらっと任されてしまったが、どうしたものか……。
一か八か、やってみるしかない!
親指の皮をかみちぎって、その血を数滴垂らす。
ウイルスは多分これで何とかなる。
問題は、傷を塞ぐことだ。
絆創膏程度で塞げるほどの大きさでもないし、包帯なんて持っているわけもない。
ふと、琉翠が傷口の上に手を伸ばす。
───本当に、綺麗な手だ…って、今消毒したばっかだって!早く止めないと……と思っていると、その手は、白く淡い光を放ちだす。
みるみるうちに、傷が治っていく。
状況が飲み込めないうちに、救急隊員の人が到着し、あにきを担架に乗せて運んでいく。
ハンターが到着する。
そういえば、遥は?
あの時、俺は耐えるとか言って向こうの車両に行ってたけど……
隣の車両を覗き込むと、黒焦げになった車両と、
炎の翼をつけた遥が、ほとんどのモンスターを倒し終わったところがよく見えた。
なんかもう、訳分からん。
俺以外も、みんなそうだったのか?
ハンターの人も少しぽかんとしながら、ポータルを塞いでいった。
目が覚めると、そこは白い病室だった。
右腕を見ると、黒い鱗だらけだった。本当に、俺はグールになってしまったらしい。
ベッドから立ち上がり、見舞いに来ていたのであろう其愛の方へ向かう。
怯えている。まあ、そうだよな。俺、今グールだし。
其愛が、わっと泣き始める。
そうしてしばらく泣いたあと、病室を出た。多分、李仁たちを呼ぶんだろう。
みんなが、病室に入ってくる。
医師も、奇跡だとそれしか言わない。
どうやら、俺の中で何か特殊なことが怒っているんだと言う。
少しして、女性が病室に入ってくる。知らない人だ。
ここは、2XXX年。突如として世界各地に現れた謎のポータル。そこから溢れ出す、ファンタジー世界の生物たち。この日本でも、現在までの累計で、約2000万人の人々が命を落とした。
しかし、それだけではなかった。ポータルとほぼ同時期にあらわれた『神殿』によって、異能力を持つ者たちも現れたのだ。
時の各国政府は、この生物たちを「モンスター」と名付け、異能力者や、その他有志を募り、モンスターを狩るハンター機関「CHASSAUR」を立ち上げた。
俺は───
この地獄から、こいつらを守りぬくために。
過去の過ちを繰り返さないために。
この爪を振るうことを、決意した。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。