けっしてふりかえってはいけない
ついてきてしまうから
けっしてめをあわせてはいけない
のまれてしまうから
けっしてことばをかわしてはいけない
はいってきてしまうから
着物を着た小さな少女がこちらを見ている。けれどその少女の顔は青白く、目に光はない。
縁側に座りこちらに顔だけを向けて、ぽそりとつぶやくようにそう言った。
それはまるで、忠告のようだった。
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重い瞼を開け、頭の上にある目覚まし時計を見た。
────午前4時。
あまりの早すぎる目覚めにため息をつきながら、のそのそと身体を起こした。
「……走るか。」
まだ朝日も見えない時間。
早く目覚めてしまったのだが二度寝する気にもなれず、近所をランニングすることにした。
早朝なだけあって、深夜になっても酔っ払いやクラブやバーなどで賑わう都内も静まり返っている。
春といっても日が昇る前は気温が上がらず、吐く息は少し白い。
2、3kmほどしか走っていないのに息があがる。
冷たい空気が呼吸をする度、肺を突き刺すように刺激する。
鈍った身体を少しでも戻そうと歩幅を広げた。
その時だった。
「ねぇ…」
後ろから声がした。
幼い、子どもの声が。
先程の道に誰かいたかな、と思い、後ろを振り向いた。
そこで気がついた。
まだ明け前だ。
子どもがいる筈無い。
しかし、そう思ったときにはもう遅かった。
既に振り向いてしまった。
「お前には私の声が聞こえているのか」
ニヤリ。
薄ら寒い、気味の悪い笑みを浮かべるヤツ。
あれは。
人ではなかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!