「だーかーらー!何で俺が幻術の講師をしないといけないんだよ!筋合いが通ってないんだよ!何で信頼だけで俺が新人教育に関わらないといけないんだ!俺の得にならないだろうが!」
「得にならないなんてそんな事ないわよ…それに、別に、繭、紬のこと苦手でもないでしょ?」
「そうだけどよ、それとこれでは話が別だっ、俺が人に物を教えるなんてできると思うか?!」
「いいえ、全く」
「てめぇ…」
「だからこそ、よ」
「あ?」
「だからこそ、繭に講師をしてほしいの。貴方の伸びしろは私がちゃんと認めてる。こんな貴方でも接客ができるようになったんだもの」
「…っ菊!」
「あら、照れないでよ。それはさておきお願いできる?」
「ふざんけんじゃねえよ!馬鹿野郎!」
そう言って繭はその場を走り去って行った。
「全く…」
菊は肩をすくめる。
何があったのか、それは5分前にさかのぼる。
菊は紬が初めての仕事日となった昨日の夜。店長室に紬を呼んで、朝の開店前準備と、繭と怜の接客の様子を見学して、どうだったか?という話をした。
ー『皆さんの仕事ぶりはすごいなぁ…と思います。私もあんなふうになれるのかな…』
『なれるわよ、あの子たちだって最初から完璧だったわけじゃないわ、紬らしく前を向いて頑張りなさい。ところで紬、1つインタビューしちゃうわよ。貴方の今の目標は?』
『目標…ですか?』
紬はしばらく考えて
『繭さんの幻術は、つい仕事見学だということを忘れてしまうほどに素晴らしかったです』
『幻術?』
『はい!私幻術への憧れは他のの見習いの方よりも断然強い自信があります』
突然熱くなって語りだした紬に聞くは少し驚きつつも、頷く。
『いいわね、幻術はうちのおもてなしの1つですもの。何にせよ習得してもらうわよ』
『はい!あ、すみませんいきなり…熱く語ってしまって…』
『いいのよ、インタビューありがとう。明日からは本格的に働いてもらうことになるから、今日はゆっくり休むのよ』
『はい!ありがとうございました。失礼します。おやすみなさい!』
『おやすみなさい』
そう言って紬は、店長室を出ていった。
『繭の幻術…ね、あっ!』
菊は名案を思いついたのだった。
ーこれが昨日までの出来事
翌日
朝4時半、早乙女寮の廊下にて
「ふわぁ…おはよう繭。今日も早いわね…」
「おはよ、たくっ、だらしがねえなおめぇは、店長兼寮母だろうが。あ?」
「だって…朝弱いんだもの…低血圧なのよわたし…」
「んなこた、俺の知ったことじゃねぇ、下っ端に指摘されて恥ずかしくないのか?てんちょーさん」
「店長やだ…この店全部繭にあげるわ」
「おう、ありがたく、じゃねーよ!ふざけんじゃねぇ!」
「繭は反応がいいわね…そんな繭にいいお話をしてあげましょう」
「あん?」
すると、菊は先程の寝ぼけただらしの無い店長から、いつもの品の良い女性へと変わり。
「私の部屋へいらっしゃい」
といった。
「お前の部屋?店長室じゃなくて?」
「貴方だけは入れてあげるわ。救世主特権よ」
「…その名はやめろと言っているだろ」
「そうだったわね、ごめんなさい。でも、私の部屋で話した方が早いでしょ?」
「仕方ねぇ…」
そう言って、菊と繭は、菊の部屋である201号室へと入った。
「で、何だよ…さっさと用件済ませろよな。今日の料理当番は俺なんだぞ」
「はいはい、で、本題。お話というよりはお願いね」
「断る」
「聞きもしないで?!」
「お前のいうことなんてトラブルの源にしかならねえよ」
「あら、上司に向かってなんてことをいうの。こう見えても街公認の店長という立場なのよ」
「話だけなら聞いてやらんこともない」
「あら、優しい〜。繭、昨日紬がお仕事の見学をしたじゃない?その時の感想を聞いたら、繭の幻術が素晴らしかった、私も使えるようになりたい、って言ってたの」
「あ、あいつ…」
「そこで繭先生」
「おい、何だよ」
「紬に、幻術の講師をしてあげて欲しいの」
「馬鹿、冗談じゃねえよ」
「何でよ、私が教えるより身近な先輩である中で一番上手な繭に教わるのが適切だと思うの」
「お前がやりたくないから俺に押し付けてんだろ」
「そんなわけないでしょ、ねぇ繭お願いよ、何にせよ紬だっていつかは貴方と同じ従業員となって、幻術が一人前に使えるようにならないといけないんだもの。それは先輩としてちゃんと分かってるでしょ?」
「そうだけどよ…なんで俺なのさ、基礎を学ぶなら瑠璃でもいいだろ」
「繭がいいのよ」
「なんでだよ」
「私は繭を一番信頼してるから」
「口がうめぇな…この野郎」
「ねぇ繭」
「…」
「繭ってば〜!」
「うるせぇな。いやっつったら嫌なんだよ」
「何でよ、繭ならできるわよ。さては恥ずかしいの?」
「そういうことを聞いてるんじゃなくて…」
繭は一回黙ると
「だーかーらー!何で俺が幻術の講師をしなきゃいけないんだよ!…」
ーということがあったのである。
菊は1人になった。自室でしばらくの間、繭が去っていった。扉を見つめていた。自分の得にならないと言った繭だが、彼女があんな考え方をするようになってしまったのは仕方のないことだ。それを菊は責めたりしないし、咎めたりしない。だけど、ある程度丸い性格になる事ができた繭の姿を見てきた菊からしたら、ここで引くことはできないのである。
ーなんとしてでも説得させなくちゃ…
菊はそう決意したのだった。
「おはようございます、瑠璃先輩。起きてください」
「むにゃむにゃ…」
「今日は先輩が寝坊してるじゃないですか、今日のご飯は繭さんが作ってくれるんです。早く起きてくださいよぉ」
「うーん、ふわふわ…もぐもぐ…わたあめおいしい…」
「せ、先輩っかわい…じゃなくて起きてくださいよぅ!」
ーどうしたら、起きてくれるかな…。そう言えば昨日の菊さんの…いやいや、ダメだ、そもそも…
「瑠璃先輩が、私のことを好きなわけ…」
「ふわっ!?」
「せ、先輩?!お、おはようございます?」
「お、おはよう…紬ちゃん。今日は自分で起きたんだね」
「突然起きるのでびっくりしました。何か赤いですけど大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫…っ、そのこれは…紬ちゃ…じゃなくてドキドキする夢見ちゃって」
「はぁ…?」
ーよくわかんないけど、可愛い子は可愛い夢を見るのだね!
「そ、それより後輩に起こしてもらうなんて…情けない」
「す、すみません!先輩のプライドを傷つけてしまって」
「紬ちゃんは悪くないよ。それより支度しよっか」
「そうですね…」
ーやっぱりだめか…いきなりどうしたんだろう瑠璃先輩
瑠璃は昨日の紬の朝の開店準備日の時以来紬と、目を合わせてくれなくなった。しゃべり方も口調は変わらないが、ぎこちなくなったし、何故か自分の前で赤面している。しっかり者だという一面を知ったばかりなのに、何故か自分にだけ口下手となっていた。
ー何かしちゃったかな…昨日はむしろ窓拭きで先輩を助けたはずたがら、悪いことはしてないと思うけど…もしかしたら、たわ無いことを強調してしまうようで嫌だったのかな…?
店に来て2日目でルームメイトときぐしゃぐしてしまい、最悪のスタートを切ってしまったと言えるだろう。怜とはそもそも、上手くいってないし、瑠璃とも複雑な空気が流れている。どうしたらいいのか。
すると紬はふと、地元の村の近所に住んでいた。莉子のことを思い出した。莉子は20歳で農業の時もよくお世話になった。そして自分の悩みなども聞いてくれてとても頼れる人だった。
去年のことだっただろうか
ー『紬ちゃんどうしたの?』
『一眞(かずま)くんと喧嘩しちゃったんです。私が、年上なのについきつい言い方をしてしまって、少しわがままを言われて苛ついちゃって…大人げないですよね』
『謝ったの?』
『その場で謝ったんですけど、一眞くん、走って家まで帰っちゃって、一応明日も遊ぶ約束してたんですけど、来てくれないでしょうね…』
『他に遊ぶ子は居るの?』
『千紗ちゃんと遊びますよ?』
『そっか、ちゃんと謝った紬ちゃんは偉いよ。そこまで出来るなら、次の手段を選ぶのも手だよね』
『次の手段?』
『うまくいかないなら、あえて距離を置く。だから明日はしっかり千紗ちゃんと遊んで、一旦一眞くんと距離を置くの数日したら、またお話してくれるかもしれないよ?』
『そうなんでしょうか』
『そうだよ、私も喧嘩したことあるけど、しばらくしたらちゃんと話し聞いてくれたもん。だから、ね?』
『わかりました。また数日したら、もう一度謝ります!』
『うん、ファイト!』
ー距離を置く、かぁ…瑠璃先輩、怜さん、意外となると…繭さん?
荒っぽく、思ったことを無遠慮に言ってしまう人だか、本性は面倒見の良い姉御肌な先輩の繭。しかし、これと言ってあまり関わったことはない。
ー私、繭さんのことあまり知らないなぁ…お仕事をするなら従業員さん同士の親しさも大事だよね
ちなみに紬は繭のような口調の人は慣れきっている。地元の人は方言のきつい人も少なくなかったから。
ーよし、今日は繭さんの幻術に感動したこと、素直に伝えてみよう!
「紬ちゃんいくよー?」
「あっはい!」
紬は瑠璃と共に、部屋を出た。
食堂を兼ねた従業員休憩室に入ると、怜と菊が机に座っていた。繭は今日の料理当番だ。
「おはようございます」
「おはよう、瑠璃、紬」
「おはよう」
すると調理台のある仕切りの奥から繭が顔を出し、
「おー、おはよ、飯できたから取りに来いよな」
「繭は機嫌直すのが早いわね…すぐキレるぶんかしら」
「え?何かあったんですか?」
「んふふ、まぁ色々と私が喧嘩を売ってみたらいい感じに買ってくれたのよ」
「笑顔でなんてこというんですか!」
「てへ」
「菊は姉さんに喧嘩売っても無傷だから凄い」
「こら!菊、なんてことを言いやがるんだ!てめぇら早く飯取りに来いよ!冷めたもんが食いてぇのか!」
「あ、やっぱり引きずってた?」
「菊さん、早く取りに行きましょう。命の危機です!」
「あ?何いってんだよ紬」
そんなやり取りをしながら朝食を各自取りに行く。繭の料理は菊のものよりは見た目がシンプルだか、おいしそうだし、クオリティは変わらない。
「姉さん、ああ見えて家事は得意なんだよ」
「え!あ、そ、そうなんですね」
「姉さんが家事できなかったら僕はどうなってたんだろうね…」
「え…?」
紬は驚いた。普段表情が全く変わらない怜が、少しだけ悲しそうに目を伏せた。
「姉さんはすぐひどいこと言ったり、手が出たりするけど、どうか嫌わないであげてね」
「…はい」
「紬、何突っ立てんだよ」
「あっ!す、すみません!」
繭に急かされて、急いで料理をとった紬。
ーあー!せっかく幻術のこと伝えるチャンスだったのに…
「いただきます」
昨日よりも重いムードで、食事が始まった。菊だけがいつもと変わらず、「センチメンタルなムードも若さね」とでもいうように全体を見渡している。
紬は沈黙が苦手だ。特に食事の時は。
ー何か私から話してみようかな。ふと前を見ると、向かい合っているのは繭だった。繭が料理当番だったので席の配置が変わっていたのだろう。
「ま、繭さん」
「あん?」
「昨日のお仕事見学の時、繭さんの幻術とても凄かったです」
すると何故か繭はとても嫌そうな表情になった。そのやり取りを見ていた菊は何故か子供のような無邪気な満面の笑みを浮かべていた。
「大したことねーよ、俺の幻術なんて、お前は世の中の視野が狭いな」
「これから知っていくんですよ、その中の過程に繭さんがいったてことです」
「あっそう」
菊は「行け行け紬」とでも言うように声援の眼差しで、紬の言葉にだけ頷いてくれている。
謎の圧を押された紬は途絶えかけた繭との会話をもう一度繋げようと頑張る
「繭さんは全く幻術が使えない私にとっては最初のゴールだと思ってます」
「はぁ?」
「あー、私繭さんに幻術を教えて欲しいですぅ~」
「「菊(さん)!」」
「てめぇ!何ふざけてんだこの野郎!どーせてめぇが、紬に圧かけて幻術の話をさせたんだろーが!」
「幻術の話は私が勝手に始めたことですけど…き、菊さん、何言っちゃってるんですか?!」
2人に責められても菊はなんとも思ってなさそうにこういった。
「紬に直接言われてら引き受けてくれるかな〜って思ったんだけど…」
「紬はんなこたこれっぽっちも思ってねぇよ」
「あら、紬に聞いてみたら?」
「え?な、何の話ですか?」
「何でもねぇ、悪ぃ、気にすんな」
「ええい、気にしろぉ!繭さんプンプンだぞ」
「声真似やめろ!俺はそんな事言わねぇ!」
ふと、紬が視線を落とすと、繭の拳が、握りしめられ、血管が浮き上がっている。殴られたら、もうこの世の終わりだと思う。さすがに止めたほうがいいかと戸惑うが、ニヤニヤとからかい続ける菊の態度的にも、微妙な気持ちになる。
「ふ、ふたりとも!」
今までほとんど口を開かなかった瑠璃が突然そう呼びかけた。
「大人げないですよ!紬ちゃん困ってるじゃないですか!」
ーる、瑠璃せんぱぁい!
「瑠璃…」
「だいたい、繭さんと怜ちゃんが席変わらなければ、向き合うことがないから、紬ちゃん巻き込まれなかったのに…ボソ瑠璃の話し相手にもなれたかもなのに」
「え?」
「な、なんでもない!」
不思議なことに突然焦りだす瑠璃を気にすることなく、繭は表情をゆるめた。
「悪いな、このクソババ…じゃなくて、菊のせいで」
「22でババァですって?!それにあんたも悪いでしょーが!」
「あ、新しいことで喧嘩始めてるじゃないですか!」
思わず突っ込んでしまう。2人はハッとして
「ごめんなさい、ついね…。でも確かに紬にまで迷惑をかけていたのなら、話にならないわ」
そう言って、いつものお上品な茶屋の主モードに戻った菊は、にがく笑った。
そして、先程の事が嘘のように、真面目な表情で、繭を見る。
「でも繭、もう一度考えて。紬には、何にせよ幻術を習得してもらわなければいけない。繭、あんたを正式な従業員として合格させたのは、この店の伝統を受け継いでもらうことも期待を込めてなのよ」
「……。その中に新人の養成も、任せてるって言いたいんだろ」
「その通り、ねぇ繭。そこを踏まえてもう一度考えて…」
「一層無理だな」
「え?」
戸惑う紬に対して、菊は何かを理解しているように黙り込んだ。
「そんな重大な責任がかかってるのなら、俺には無理だ。俺が紬の講師になることはこいつの為にならない。それぐらいっ、お前はちゃんと分かってるだろ?!いや、分かってくれてるだろ?!適任な講師を見つけるのはお前の仕事じゃねえのか!」
次第に感情的にっていく繭を呆然として見る周囲。それに気づいたのか繭はバツが悪そうに
「…悪い、だが分かってほしいんだ」
そう呟くだけだった。
菊は黙って頷くだけ。
それきりはひたすら黙っていた。紬はこんな空気にしてしまった原因に自分もあるのではないかと思うと、食事がなかなか進まない。しかし、時間も限られている。瑠璃と怜が食器を片付けに席を立ち上がったので、紬は急いで、冷めた味噌汁を飲み干した。そのままお盆を持って立ち上がる。
「ご、ご馳走様でしたっ」
やや早口でそう言って逃げるように、洗い場へと向かった。後ろを向いた瞬間、「ごめんなさい…」という声が聞こえた気がするが、紬は振り返らなかった。
寮に戻って、身支度をする。テキパキと支度を済ませる瑠璃の目の前で、紬は呆然としてひたすら髪をといていた。
ー莉子さんのアドバイスも失敗しちゃったな…
正直、朧月茶屋ここまで早い段階から人間関係に困るなんて思っていなかった。初日に風牙に常識を学べと言われたり、街の人にバカにされたことを思い出す。今思うと、あの人達のほうが正しいのかも知れない。
「紬ちゃん、時間無いよ?」
「あっ」
瑠璃に声をかけられ、我にかえる。確かにあと十分で、下に向かわなければいけない。
「紬ちゃん、さっきのこと気にしてるの…?」
「え、あの、その…」
瑠璃ともギグシャグしていることを思い出し、うまく話せない。でも心配してくれているのなら、多少期待を込めて、頼ってもいいのだろうか。
「最近の紬ちゃん、怜さんと繭さんのことばっかりだよね?今日だって瑠璃隣にいたのに話してくれなかったじゃない…」
「え…あ…」
そう言って自分を見上げてくる瑠璃の瞳はいつもの無邪気で幼いものではなく。綺麗な、瑠璃色の瞳は、真っ暗な宇宙空間のようだった。その瞳の真中には、負の感情が、渦巻いているように見える。それだけを見ると、人間味を失ったような状態に見える。
「繭さんの一人にやなこと言われたから何?菊さんにトラブルに巻き込まれたから何?怜ちゃんとうまくお話できないから何?瑠璃が…いるでしょ?」
「せんぱい…?」
「紬ちゃんは?」
「ツムギチャンハルリダケミテイレバイキテイケルヨ…?」
「せ、んっぱ…っ」
「二人だけの楽園を見せてあげる…🖤🖤🖤」
なんとも言えない恐怖心を抱いた紬は、幻術を使う態勢をとった瑠璃を軽く突きどばした。
「きゃあっ!つ、紬ちゃん?!」
「な、何なんですか今の…?」
いつもの瑠璃に戻った気がしたので、紬は瑠璃を助け起こす。
「すみませんいきなり、でも…さっきの先輩なんか変でしたよ?」
「変?変って何?」
「いや…その…瑠璃先輩らしくないっていうか、乗っ取られてるっていうか…、気の所為だったらすみません、痛かったですよね」
「それは良いんだけど…の、乗っ取られてるって何?!怖い!お祓いに行ったほうがいいのかな?」
「さぁ…また同じようなことが起きたら、考えてみましょうか、それより着替えないとですね」
「あ、うん…」
それだけ言って紬は、いつもの簪を持って、洗面台へと駆けていく。
残された瑠璃は、その背中に向かって。
「お祓いに行けば二人だけの時間だよね…🖤」
と笑うのだった。

◆◆◆
紬は、開店準備の時も瑠璃とは話さず黙々と仕事を続けていた。
瑠璃も仕事の時の切り替えが素早く客への挨拶をいつもと変わらない幼い笑顔で交わしている。
従業員たちの態度は朝の出来事の面影を一切感じさせない、そこで紬はひらめいた。
ー暗いムードに負けてちゃだめ!自分で何とかしなきゃ…
そして
ー繭さんに教えてもらえないなら、独学で幻術を習得すれば良い
我ながら名案だ、というか、人に頼り切っていた自分が恥ずかしい。紬の幻術への憧れはこの程度ではないのだから。
相変わらず気まずいままその日の夜を過ごし、夜の8時頃。
「菊さん」
「あら、紬。今朝はごめんなさいね、紬は何も悪くないから…」
「あ、そ、それは良いんです。あの裏庭を三十分程貸していただけませんか?就寝時間には戻りますので」
「裏庭?いいけど何するの?」
「いえ、時には1人で心を落ち着けるのもいいかなーって」
やや、言葉を濁してしまったが、菊は何かを理解したように優しく頷いた。
「わかったわ、あすこは安全だし、9時半までは見習いに貸している公共スペースですもの。何かあったらすぐ戻ってきてね」
「はい!ありがとうございます!」
そのまま紬は、裏庭につながる裏口へと向かった。
下駄に履き替え、少しお行儀悪く、着物の袖をまくり上げ、足元の布も膝が見えるまでめくり上げる。
地元でおてんばをする時によくやった姿だ。何だか安心できる。
「よおし」
紬は手を瑠璃がやっていたように両手を空に向かって掲げ目を閉じる。
ー幻術を使います、幻術を使います、幻術を使います…
10秒経過
何も起こらない
ーうう、やっぱりだめか…
しかし、紬はこの程度でくじけない、なんてたってこれはまだ最初の最初なのだから!
ーそう言えば瑠璃先輩は、自分の見せたい幻覚の名前を言ってたっけな…?
かと言って何か見せたいもの…と言っても見せる人がいない。そうとなれば自分で鑑賞しようではないか
ーうふふん、夢が広がるなぁ…。例えば、大量のお菓子とか、一人前の従業員になってる未来の自分とか…
1つずつ試してみる、どれも手を抜くなんて自分が許さない。しかし、何一つとして、見えたものも聞こえたものもなかった。
なのに無駄に自分の脳力だけが吸い取られたかのような疲労感に浸る。その場に体操座りをして、夜の涼しい風を浴びた。
結局何もできなかった。もうすぐ三十分だ、約束の時間となってしまう。正直9時半まで空いてるならばもう少しいたい。
ーそう言えば私いつから幻術に憧れてたんだっけ…?
そう思った瞬間
「ーずいぶん根気強いね、いいよ見せてあげる」
「え?誰?!」
そう思った瞬間あたりが白い光に包まれた。紬は光の眩しさに目を閉じた、その瞬間意識を失う。
どれくらい経ったのだろうか、紬は気がつけば、月見坂通りから少し離れた黄金神社に来ていた。
なぜだか、わからないが、恐怖、寂しさ、不安などと、負の感情を抱いていた。しばらくすると自分は迷子になったたのだと気づき始める。
「ー大丈夫?お嬢ちゃん」
しらない女性に声をかけられた。年は二十代位で、黒髪をきれいに垂らし、透き通るような上質な着物を着ている。満月色の瞳が自分を見つめ、声をかけてくる。その声は幼い子供をあやすようだった。馬鹿にされているのかと思い拳を軽く握ると、力が入りにくいと感じた。ふと手を見ると体形的には成人女性並みに成長しきっていたはずの自分の手が幼い子供の手になっていた。
「あ、えっと…」
自分から出た声は昔の自分の声。そして自分が着ている着物を見ると、8歳の時に気に入っていた母の手作りの着物だった。
ー8歳の私?
「迷子かな?お父さんや、お母さんはどこにいるの?」
「わかりません」
中身は十六歳になる紬なので、はっきりと受け答えをしてしまう。まぁその方が後が楽だろう。
「いつはぐれたかは覚えてる?」
「夜になる前です…」
無意識にそんなことを話していた。そして紬はふと思い出したのだ。これは、8歳の秋、母と2人で、月見坂通りに観光に来た日だ。この日夜に黄金神社である幻術伝道師のお披露目があるという話に興味を持ち、1人で神社に向かってしまった。そこから迷子になったのだ。
「そっか、もしかしたら、お母さんも探してるかもしれないね。ていうか、なんで一人でこんな所まで来たの?」
「幻術伝道師のお披露目があるという話を聞いて…」
するとその女性は照れくさそうに笑った。
「あら、私の演技を見に来てくれたのね?」
「え?あ、幻術伝道師の方なんですか?」
「そうよ、こんな小さい子にも興味を持ってもらえるなんて、ていうか幻術って知ってる?」
「し、知りません」
なんせ、この日知ったのだから。
「うふふ、この街に来たからには知ってもらいたいな。教えてあげるわ、この街のお話を…」
「街のお話?」
この話は村に帰って友達に話しても誰一人としてピンとこなかったそうだ。まぁ、半分本当で半分街の言い伝えみたいなものなのだが。
しかし紬は違う。
いつの間にかその女性の手元から、神秘的な光景が生み出されていたのだから。
「この世界ができる前、世界には光の神様と闇の神様がいました」
そういった瞬間、それぞれの神の姿が目の前に現れた
「こ、これが神様なんですか?!」
「あくまでイメージ図よ、神の教えを広める人たちが、こんなんじゃないかなーって描いた絵が今に伝わっているの」
そういうと、彼女は話を続ける。
「二人の神様は両方女性でしたが、光の神様はいつも自分を助けてくれる闇の神様にいつしか、特別な心を抱いていました。それは良い仲間や、信頼という類のものではなく、恋愛感情だったのです。しかし、周囲の神様の使いはそれを許してはくれません。神様は、それぞれの属性を維持し、単独で世界を成り立たせる存在なのだから、誰かと結ばればいけないと」
「そんな…」
「そんな時、炎の神様が言いました『神が幸せであってこそ、人間が幸せだ!』と。その言葉に動かされた。7つの属性の神々は、光の神様と、闇の神様の関係を応援し、ついに2人は結ばれました。」
「すごーい!」
「神の幸せを受け継いだ人間たちは、神の団結により、生まれたこの世の新しい力、人々が幻術の力を持って生まれてくる、という新たな常識を生み出しました。それは、お互いを認め合うという優しい思いによって生まれたものです」
「うんうん」
「そして、1人の人間が、その幻術を使い、新たな神を生み出しました。幻術はあくまで本当には存在しないものを見せる能力なのに、しかし、その人間が人々を喜ばせるために作った架空の神は本当の神となりました。その名も、紅愛(こうあい)様。愛の神様です。やがて世を支える神々は8人となりました。そうしてら紅愛様を作り上げた人間は、神々に最も恵まれた第二の神、と言われていました。」
「人間なのに?」
「そう、そして、そのお話が伝わった1000年後、また、幻術で作り上げたものを実現できる力を持って生まれてくる人間が一人いました。そしてまた1000年に1人…と、」
「1000年…!」
「すごい年月よね、でね、この街にはもっとも崇められる千年に一人の第二の神様がいたのよ」
「え?」
「せっかく神様にいただいた幻術を、自欲の為に人を傷つけたりすることに使う人が現れてしまって…その人たちをなだめた存在が、昔の月見坂にいたの」
「!」
ー菊さんの…
「西園寺櫻様、通称。癒やしの女神」
「そして、その子孫の、方々はこの街の象徴となっているわ」
そういい終わると幻術伝道師は、神話の幻術を終わらせた。
「おわった!」
「今使ってたのが幻術なのでした~、ほら、口で言うより、わかりやすいでしょ?こんなふうに人を笑顔にできるのが、本当の神様が、人間に幻術を与えてくださった目的。私たちは櫻様の教えをどこの街よりも大切にしてるの」
「うん、楽しかったです!」
素直にそう言うと、幻術伝道師はにこりと笑い。
「お母さん来てるよ」
といったのだ。彼女は遠回しに下手に動かないことを教えがてら、神話を話してくれたのだ。
「ありがとうございました!」
母と二人でお礼を言って、そして紬は最後にこう告げたのを覚えている。
「私も、人を笑顔にできる幻術が使えるようになりたいです!」
8歳自分を演じる上で一番言いたかったたことを言えた。
次の瞬間また眩い光に包まれて、今度はものすごい強風を体全体に感じた。薄っすら目を開けるとものすごく高いところから自分が落下してることがすぐわかった。
ーあ、死んだ
最後にあの思い出をリアルに体験できたのなら悔いは無い、大人しくおさらばた。
ーでも、夢は叶えたかったなぁ…
「紬っ!!!」
ーああ、天使様。私を迎えに来てくださったのですね
「紬。動くんじゃねえぞ!!」
ー繭さん?ぽい天使様かぁ…もう少し癒し系の人がいいなぁ
地面がすぐそこ、もうすぐ衝撃を食らうだろう。でも痛いと感じるかは不明だ。
ふわっ
「あの世だー!!!」
「うるせぇ!」
痛くない、痛くないのだ!思ったよりも辛くない死に方だ。何と言ってとケチな天使だ。幸せな死に方をできたときぐらい叫ばしてくれたっていいではないか
天使は自分と密着している。着物を着ていて、和メイドだ。ピンク色のストレートロングヘア。ハーフサイドポニーテールに、深紅色のリボン。鋭い目つきだが、整った顔立ち。そしてその天使は非常に繭にそっくりで、自分を支えてくれていた。
「て…、繭さん?」
「てとはなんだ。てとは!なぜお前が会話できてると思ってるんだ!?」
「死んだから?」
「はぁ?!生きてるよ?」
「だってあの高さから落ちたんですよ?何で生きてるんです?」
「それは俺が聞きてーよ、なんであんな高さから落ちてきたんだ?屋根に登ったのとかそういうレベルじゃねぇぞ?」
「ほんとに何もしてませんって?!」
「…一時的召喚か…?」
「繭さん?」
「何でもねぇ!それよりさっきまでここで何してたんだよ?」
「え?あう…」
「教えろ、命の恩人に隠し事か?それとも死にてぇのか?ならば今から俺がこの拳で…」
「うわぁあ!すみません!あの、その、独学で幻術の練習を…」
「阿呆ぅ!!」
スパコーン
「痛い!頭割れます!素手のチョップの次元超えてますって!」
「黙れガキ!独学で幻術の勉強?対象者無しで?何してんだお前。考えなし、阿呆、馬鹿…」
「最低!!」
「うるせぇよ」
すると繭はふと、表情を緩め
「今朝は悪かったな、つい…」
「繭さん…」
「でもお前の本気は分かったから」
「え?」
「こ、これは、お前を放置したら俺の評判が下がるから仕方なくであって…別にお前のためじゃない」
「え?なに?ツンデレですが?」
「黙れ」
そして繭は一拍おき。紬をまっすぐ見つめた。
「今からお前をフルボッコにしてやるよ」
そう言って不敵に微笑むのだった。
To Be Continued……












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。