「あの、左鱈警部。なぜ警部は平部という男を知っているんですか?」
有馬良平から話を聞いたあと、東巡査と左鱈警部は例の探偵事務所へ車で向かっていた。
運転しているのは東巡査。彼は、得意なことは銃撃戦とカーチェイスと豪語しており、運転の腕前には相当自信があるようだ。
「そんなに気になるのか?それ」
対して、助手席の左鱈警部。彼は運転こそはするが、めんどくさがりな性格故、東巡査といる時は、ハンドルを彼に任せている。
「とても気になりますよ。なんだか、気になりすぎて、警部の顔しか見なさそうです」
そう言い左鱈警部の方に顔を向ける東巡査。そんな彼の非常識に警部は、
「私じゃなくて前を向け!」
と叱咤。
東巡査の特技がカーチェイスでなければ、今頃事故っていたかもしれない。
「教えてくださいよ警部ぅ。捜査に関する隠し事はなしですよ」
東巡査は拗ねた子供のように口を尖らせる。その様子に、左鱈警部は「やれやれ」と言わんばかりに頭を掻く。
「どうせ話しても無駄だろう。が、まあいい」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「ああ、これは私が____」
「警部ってあんまり自分のこと語ってくれないから嬉しいです!何歳の頃の話なんです!?当時はどこに配属されていたんですか!?その平部という男とはどこであったんですか!?無駄ってなんです!?」
「これから話すっつってんだろ!黙っとれ!!」
危うく東巡査を蹴飛ばすところだった左鱈警部。だが、今の彼は運転中だ。蹴ったらすぐにでも高速スピン三回転、後ろの車を巻き込んでジ・エンドだろう。
「はぁ…」と一息ついて、再度話を始める。
「私が昔、本庁にいたことは知ってるよな?」
「警視庁のことですね。その話なら耳にタコができるくらい聞きましたよ。ブイブイ効かせてたって」
「その言い方だと、私が元暴走族みたいじゃないか」
警視庁にいたころは、なんでもキャリア警察官で、東巡査と同じ年齢の頃には警部だったそうだ。
その年齢の頃は、今みたいに仕事に対してめんどくさいと愚痴つく姿ではなく、もっとキッチリと精を出していた青年だったのだろうか。
「キャリアって聞いた時は驚きました。しかし__そんな優秀な警部が、どうしてこんな辺鄙な土地にいるんですか?」
「さあ?気がついたらここにいた」
左鱈警部のお得意、意味不明な発言。どうやら相当な黒歴史なのか、トラウマなのかは分からないが答えたくないようだ。
「私が28の頃だったかな。平部という男に出会ったのは。」
と、ここで問題の男が浮上してきた。
「現場にズケズケと入ってきては、刑事たちの捜査にこの傷の形状ならあーだ、こーだから自殺をするはずないとダメ出し。挙げ句の果てには自ら犯人を特定して捕まえると言った無茶苦茶な行為までされたよ」
「捕まえないんですか、そんな危険な人物!」
「ああ捕まえたかったさ!捕まえる前にスタコラサッサと逃げていったからな!」
どうやら平部はクソ度胸というか、警察官をおちょくるのが快楽というべきか_____つまり要注意人物だったそうだ。
「その後も____流石に現場には入ってこなかったが、外野からなんやなんやとうるさいったらありゃしなかったさ。もう二度と会いたくない」
残念ながら、今向かってるのはその‘二度と会いたくない男性’だ。
「住んでるところまでは聞いたことなかったが…そうか、あいつは摩訶市にいたのか」
「え、会ったことないんですか?そういう僕も捜一に配属されて今年で3年目ですけれど、一度も会ったことないなぁ」
「私も会っていない。隣町に配属されていた時はあったことあるが_____」
隣町とは、大井市のことである。警視庁に配属されていたことも、大井市に少しの間配属されていたことも東巡査は聞いていた。
「てっきり、死んだとばかり思っていたがまだ生きていたとはな。はぁ…できれば、このまま会えなければよかった」
この警部はもともとかなり辛辣な物言いをするが、平部という男がよほど嫌いなのだろう、もはや悪口だ。
「ちなみに、その平部って男、一般人なのですか?」
「ああ一般人さ!初めて出会った頃の彼は、まだ大学生だったようだ」
「警部より若いんですね」
「なぜ私と比べる」
今にも閉じそうなほどの細い目を、左鱈警部はさらに細くした。意外と年齢を気にしているようだ。
「本人は一般人扱いに不満だったようだがな」
「えぇー、自分は特別とか思い込んでいたんですか?その人」
「探偵、とは言っていたがな」
「た、たんてぇ…!?」
確かにポアロといい、明智小五郎といい、警察と手を組む探偵は沢山いる____が、それは小説の中での話である。
____もっとも、これもまた小説だが。
「ま、だが本当に探偵だったみたいだ。昔はよう分からんが、今では事務所を構えているようだ」
「へえ、風の噂で聞いたんですか?」
「いや。いつだったか忘れたが____ある日、なぜか5ヶ月早いクリスマスカードが私の家のポストに入っていた。そこに書かれていたんだ」
「ストーカーじゃないですか!」
「捜一の奴ら全員同じものをもらっていた」
平部はその気になれば全員の家ぐらい特定できる、とでも言いたかったのか。あるいは、ただのいたずら心で家を特定して入れたのか。
とにかく謎な男だ。
と、左鱈警部は語る。
「早速、その年の夏の百物語に入っていたな」
思い出したのか、ワッハハと笑い飛ばす左鱈警部。だが相対的に部下の東巡査はゾッと鳥肌がたった。
(俺も今度の百物語これ入れよ…)
彼は密かにそう思う。
「なんだか会うのが怖くなりました…」
「安心しろ。あってすぐ刺すようなやつじゃない。多分」
むしろその一言で余計に怖くなった。
しばらく車を運転し続けていると、何か一つのお店が見えた。
「ほら、そこだ東。地図によるとな」
駐車場と思わしきところに車を止め、刑事2人はそこから降りる。
目の前のお店は、昭和を想起させるレトロなカフェ。扉の周りには色とりどりの植物で溢れている。
周りの街頭の光を頼りに、東巡査は看板を見上げそこに書かれた文字を読む。
「さ・ざ・な・み…さざなみですって。ずいぶんおしゃれですね警部」
「馬鹿。そこはきっと普通の喫茶だ。上を見てみろ、上を」
そう言い、東巡査はさらに上を見上げる。
それは、街頭の光も届かないような高い場所にあった。
「看板の文字____読めませんね…」
「まあ、この名刺から察するに『平部探偵事務所』と書かれているんだろう」
そう言い、左鱈警部はいつの間にか取り出した名刺を東巡査に見せる。
「なるほど、喫茶の上に探偵事務所…んん〜!洒落てますねッ!」
「お前だいぶワクワクしてないか?さっきまで怖い怖いとか言っていたのに」
「ここまできたら、どんなやつか本当に気になります!さっ、警部!早くやつの顔を拝みに行きましょ!」
「言っておくがお礼参りじゃないぞ」
____というか、感謝より恨みしかない。
と言いかけたが、東巡査が駆け上がるように2階に続く階段を登ってしまったため、その言葉が飛び出ることはなかった。
東巡査に続き、左鱈警部も階段を登りきる。そして、向かって左側にある扉の前へ立った。
東巡査が、インターフォンに向かって手を伸ばす。
「………………………」
「……………………………………」
「………………………………………………」
「早く押せッ!」
「やっぱりなんか怖いですよ警部ッ!!」
「ああもう!女々しいのか勇ましいのか分からんやつだな!」
そう言い、左鱈警部は東巡査に対してのキレもあるのか、勢いよくインターフォンを押した。
「平部呪音ッ!いたらさっさと面出せぇッ!この野郎ッ!」
そう言い、扉の横の壁にガァッンと蹴りを入れる左鱈警部。
本人は否定していたが、本当に暴走族だったんじゃないかと東巡査は思い始めた。
しばらくして、中からガチャっと鍵を外す音。
そして、扉が開いていく。
「おお、平部呪音か?」
「いえ、平部さんはいませんよ」
そう言い扉から顔を覗かせた人物は、左鱈警部が語っていた印象とは全く違かった。
もじゃもじゃの茶髪ではなく、片目が隠れ、後ろで髪を縛った赤髪。ヘラヘラとした人相ではなく、むしろキリッとした吊り目と吊り眉。
30代半ばのだらしない男性__というより、10代後半ぐらいの美少年である。
「あ、ああー…おかしいな。平部探偵事務所じゃないのか?ここは」
「いえ、平部探偵事務所ですよ」
「そ、そうか。じゃあ君は助手?ワトソンくんみたいなものか?」
「やめてくださいよ。それだと平部さんがホームズって言ってるようなもんじゃないですか。全然違いますよ」
どうやら別に少年は平部呪音のことを尊敬していないらしい。
「それで…平部呪音はどこに?」
「ロンドンです。ロンドンに行きました」
「ロンドンか…はぁ…めんどくロンドンッ!?」
左鱈警部は一瞬だけロンドンに本気で行こうと考えてたみたいだ。
「な、何しにロンドンへ行ったんだあの馬鹿は!」
「友人とタコパらしいです」
「なんだ…そんなタコパッ!?」
1話で同じネタを擦ると、ネタ切れしてるように思われるからやめろ、と言った警部はどこのどいつだろう。
「つまり、平部呪音はもう日本にはいないのか?」
「そうです」
「つまりその間は、君がここの事務所の所長?」
「間接的には」
「平部呪音はいつ帰ってくるッ…!?」
「さあ?」
逃亡なのか、それとも本当にただタコパしに行っただけなのか。
「はあ…最悪だ。最悪な日だ…」
左鱈警部はそう呟いて、自前のタバコを取り出した。
「平部呪音は、いつロンドンに出発したんですか?」
左鱈警部に代わって、東巡査が話を聞く。
「うーん、少なくとも朝の8時半前にはここを出てました」
「んー…それだと、平部呪音に犯行は不可能そうですよ。警部」
「くそっ…罪状まで考えてきたってのに…」
左鱈警部は本気で平部を捕まえるつもりだったようだ。
「ところで、君は一体、なぜ平部の下に付いているんだい?弱みでも握られたのか?」
そう聞かれた少年は、
「まあそんなものです」
と答えた。なるほど、それなら大して尊敬していないことにも納得がいく。
「…あの。なにがあったんです、平部さんに。とうとうあの人やっちゃったんですか?」
「ああいやそう言うわけでは…いやぶっちゃけ私たちもその可能性を考えていたのだがな…」
勝手に自分を含めないでほしいと思った東巡査。
「話してくれませんか?何があったのか」
「君は、平部がここ最近何をやっていたのか知らないのか?」
「ええまったく!助手とか言いつつ、やってるのは事務所の掃除と戸棚の整理と、インコのぴーちゃんへの餌やりだけです!」
少年は助手というより、雑用係だったようだ。
「そうか…じゃあ「巳鷹忠寛」や「ふじおかあやの」についても知らないのか?」
いえ全く___と少年は答えると思ったが、なんと実際は予想外なものだった。
「ふじおかあやの…?今日、聞きましたよ。その名前」
「平部からか?」
「いえ。全く違う人から」
「全く…?」
これもさらに予想外な答えだった。
「なあ、君。今日一日のあったことを私に話してくれないか?平部の話や、ふじおかあやの、についても知りたいからな」
「まあ、いいですけど…」
そういい、少年は中へどうぞと、事務所の中へ通した。
「…いいんですか?警部。僕たちが探してるのはガイシャを殺害した奴で、決してふじおかあやのでは…」
「まあそう案ずるな。私が考えるに、今回の事件はただの刑事モノではないようだ」
左鱈警部はまたもや意味不明な発言。やはりこの変人警部の考えは自分には読めない。と思った東巡査。
「そういえば、君の名前聞いていなかったな。なんで名前なんだ?」
事務所の扉を閉めた少年は、突然名前を聞かれ、一瞬驚いていたが、すぐに無愛想な無表情に戻り名乗った。
「俺は、桜って言います」













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。