掃除の時間。
硝子がひとり、校舎の前の庭の落ち葉をほうきではいていると、ふいに空からゴミやホコリがふってきた。
硝子がおどろいて見上げると、校舎のベランダから、ちり取りのゴミを落としている将也が悪びれもせず言った。
教室の中では、学級委員の川井が笑いながら、将也をたしなめる。
島田や広瀬、植野も、将也のそんなじょうだんに笑い合っていると、背後から担任の竹内先生があらわれる。
将也はムッとして川井を見る。
あいつ、すかさずチクリやがって!
竹内先生は、将也をベランダに連れ出した。
将也は、落ち葉をはきつづけている硝子を見下ろしながら言った。
案の定、硝子はその声に気づかず、もくもくと庭をはきつづけている。
将也は、勝ちほこったように竹内先生をふり返る。
それだけ言って、教室の中にもどった竹内先生に、川井がたずねる。
竹内先生は、そんなことを聞いていないし、関心もなかった。
将也が、得意そうにみんなの前におどり出た。
ぶふっ。
だれかがふき出した。
全員が声のしたほうをふり返る
竹内先生!?
竹内先生はそのまま、何もなかったように教室を出ていく。
島田が笑いをかみころす。
それを見た植野も
と笑いをこぼす。
と、川井が言うと、広瀬も笑った。
そして、せきを切ったように全員が笑った。
西宮をいじることで、自分を中心にみんなが笑っている。
将也の心に、わすれかけていたゾクゾクする快感がよみがえる。
これだ!
ナメクジを見たら塩をかけるし、ハトがいたら追いかける。
猫にはラクガキをする。
西宮がいれば水をかけ、にげれば追いかける。
そして筆談ノートにはラクガキをする!
これが正しい西宮の使い方だ!!
何かをつかみかけていた将也は、ついに発見した。
退屈な毎日からのがれる手段を。
校舎の外では、まだ硝子がひとり、落ち葉をはきつづけていた。
いきなり耳から補聴器を外された硝子は、いっしゅん、何がおこったのかわからない。
植野が女子たちに補聴器を見せる。
そんなやり取りを耳にした将也が硝子を見ると、何か言いたげな表情で固まっている。
ん!? これは何か仕かけるチャンスなのでは?
将也は、植野から補聴器を受け取ると、
と、おおげさに言って、窓から補聴器を放りなげてしまった。
口ではそう言っているが、みんな笑っている。
将也は、充実感に満たされ、満足そうな笑みをこぼした。
そして、補聴器の行方を窓からのぞきこんでいる硝子を見ると、反対側の耳にも補聴器がついているのを見つける。
グイッと力まかせに引っぱると、硝子の体がかたむき、ブチッという嫌な音がした。
硝子の顔は青ざめ、将也が引っぱった耳からは血が流れている。
その血は、耳をおさえた硝子の手からうでへと流れ落ちていた。
さすがの状況に、女子たちが硝子を取りかこむ。
将也は冷や汗をたらしながら、保健室に連れていかれる硝子を見送った。
案の定、竹内先生に職員室に呼び出された。
竹内先生は、テストの採点をしながら、将也に背を向けたまま続ける。
……なんだ、先生だってわかってんじゃん。
こーなったのは『しかたのないこと』だって。
将也は、一気に罪悪感から解放された。
そうだ! 『しかたのないこと』なんだ、これも!
島田と広瀬と帰りながら、将也は晴れ晴れとした気分で言った。
すると、前方に、引きつった笑みをうかべた硝子が立っていた。
そして、おもむろに手にしていた筆談ノートに、何かを書きはじめた。
うわ、出た! こいつ……待ってたのか? なんだ? 『あやまってください。』ってか? 自分が西宮にしたことへの罪悪感がじわじわとわいてくるのを感じながら、それをおし殺すように、将也はみがまえた。
だれがあやまるかよ、バカ……と、自分に言い聞かせたとたん、硝子からさし出された筆談ノートの文字に、将也はめんくらった。
✄------キリトリ------✄
今日はここまでです!
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それではまた(・ω・)ノ
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!