第3話

事件性
365
2024/07/25 09:00 更新
あなた「分からない……?」
尋ねかえした私の不安を表現するように

窓につけられていたレースのカーテンが

風でふわりと揺れる。
黒尾「ああ、」
頷いた彼はそのまま説明してくれる。
黒尾「警察に通行人から女の子が道路で
   血を流して倒れてるって通報があったらしい。
   その人は救急車も呼んでくれてそのまま入院。
   一応警察はひき逃げじゃないかって言ってたけど……」
あなた「けど?」
黒尾さんは躊躇うように口をつぐんだあと、

話を逸らさせる気のない私を見て、

ふっと溜息をついてから続きを話す。
黒尾「倒れていた場所はあなたの下の名前の通学路でなければ
   近くになにかお店があるわけでもない、
   ただの路地裏。正直、通行人が見つけてくれたのが
   奇跡だってくらいの場所だ」
あなた「えっと…?」
話が読めない私が戸惑っていると

黒尾さんに代わって孤爪さんが後を引き継ぐ。
孤爪「もしかしたらひき逃げ以上のなにかが
   あったのかもしれないってコト」
あなた「えっでも例えばお友達とかが近くに住んでたり……」
孤爪「あなたの下の名前の友達で周辺に住んでいる子はいなかったし、
   そもそもその日あなたの下の名前は用事があるって部活休んでた」
滅多なことじゃないと部活休まないあなたの下の名前が、と

孤爪さんは補足する。


まるで記憶がなくてなにもわからないのに

何故か自分がとんでもないことを

やらかして責められているような気分になる。


俯く私を励ますように「まっ」と

恐らくわざと明るい口調で黒尾さんは声をかける。
黒尾「取返しのつかないケガがなくて良かったよ、
   記憶はゆっくり思い出していけばいいし」
あなた「ありが……」
プルルル プルルル
最後まで言い切る前に誰かの電話が鳴る。
黒尾「あっ俺だ、わりぃ」
スマホを取り出した黒尾さんは

相手が表示されてるはずの着信画面を見て

嫌そうにわずかに顔を曇らせてから

断りを入れて病室の外へ出る。


誰だろうなんて言われたところでわかるはずないのに

ふっと気になって、それが自分がすごくイヤな奴みたいで

一人で嫌悪感に苛まれていると

いつの間にかスマホでゲームを始めていた孤爪さんが

ちらりとこちらを見上げ「気になる?」と聞く。


どう返事を返すべきか迷っていると

返事を返す前に孤爪さんは
孤爪「クロの彼女」
なんてまったく興味はないように言う。

まあ、実際興味なんてないんだろう。


ドライだな、女子同士ならそんなことないのに。

なんて自然にそう思ったことに違和感を感じた瞬間、

ズキリと頭が痛む。


まるでそれが思い出してはいけない記憶であるかのように。


痛みを無視するように心を落ち着かせていると

またガチャリとドアが開いて、今度は母親が入ってくる。


どうやら手続きは終わったらしい。
医師「一応もう今日から退院はできますが……」
あなた「ごめんなさい、明日からでもいいですか?」
私の反応をだいたい予想していたのか医師のほうは

まるで驚く様子もなく「わかりました」という。


母親も事前に説明されていたのか

あまり驚いている様子はない。
医師「それでは私はこれで。
   何かあったらまた呼んでください」
医師が出ていき、3人残された部屋に

軽快なゲーム音だけが木霊する。


誰が喋るわけでもなくしばし沈黙が続いたあと、

気まずそうに母親が立ち上がり、
母親「荷物……持ってくるわね」
それだけ残してその場を去る。


それを見送った孤爪さんは

待っていましたと言わんばかりに

こっちに近寄る。
孤爪「スマホ貸して」
あなた「え?なんで?」
孤爪「なんか残ってるかもしれないから」
そう言われて「いいけど」と傍らに置いてあった

自分のらしきスマホを取り上げる。

だけどスマホのロック画面を見てふと思う。


…暗証番号なんだろう。

指紋認証なんて便利な機能を使っていなかった私は

もちろん暗証番号なんて覚えてるはずもなく

スマホを片手に固まる。
あなた「暗証番号分かんないから開かないよ」
スマホショップにでもいかないとだめかななんて

考えていると、私の手から孤爪さんがスマホを抜き取り
孤爪「大丈夫、暗証番号わかるから」
そういうやいとも簡単にロックを解除する。

「えっなんで?」と混乱するわたしに

孤爪さんはスマホに視線を落としながら答えてくれる。
孤爪「あなたの下の名前、よく目の前でロック解除してたから」
自分のことのはずなのに

あまりにも警戒心のない行為にドン引きする。


絶対に今度暗証番号は変えようと心に決めていると

孤爪さんは「…やられた」と呟く。


つられて彼の見ていたスマホの画面を覗き込むと

めぼしい知り合いの履歴はほとんど消されている。


これでは何のやり取りが行われていたか

確認することはできない。


だけど、逆に言えばこれで

事故前に何かしらあったことが確定する。

少なくともメールの履歴を消さなければならないことが。


彼もそのことに感づいたのであろう。

空を見上げ、手を仰ぐようにしている。


スマホは返してもらい、

なんとなく中身を眺めていると

途中で唯一履歴の消されていない人を見つける。
"片柳 怜"
女子か男子かも分からないその名前に

なぜだか無性に胸騒ぎがして、

とりあえず、スマホの電源を落とした。

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