絶句して固まった人たちとは違い、
医者やナースは驚いたもののすぐに他の人を追い出して
診療にあたる。
医者「ここどこだかわかる?」
あなた「病院ですよね…?」
医者「なんで来たか覚えてる?」
あなた「………すみません、わからないです」
医者「名前、住所、なんでもいいから個人情報言える?」
そう言われてもまるでそこだけくり抜かれたように
ポッカリと記憶がない。
頭の中に空洞が出来たようだ。
何も答えず唇を噛みしめる私を見て
大方の事情は察したのか今度は違う質問に変える。
最近のニュース、昔のニュース、
簡単な計算に、小学校、中学校、高校などの勉強、
日常知識など。
次から次へと浴びせられる質問にしばらく答えてると
医師は不思議そうに頭をかしげた。
それでも何か言うことはなく、
首を傾げただけでとりあえず診察の終了を告げ
部屋を出ていく。
ナースが数名残り、私の血液などを測った後、
その人たちもいなくなった。
静かな病室にたった1人残される。
なにがなんだかまるで分からない。
情報を処理する前に次から次へと新たな情報が来て
頭がパンクしそうだ。
やることもなく、なんとなく窓の外を眺めていると
ガラリと再びドアが開いて
暗い面持ちをしたさっきの医者たちを
除いた人々が入ってくる。
彼女らはゆっくりと私の前へ来て
そのまま設置されてた椅子に何も言わずに腰掛ける。
あなた「あの……」
なんて声をかけたらいいか分からず
言葉は途中で空に溶ける。
きっとこの人たちは私の知り合いなんだろう。
私が忘れてしまったているだけで。
何度見ても心当たりはまるでない。
誰も何も言わない、気まずい空間に耐えていると
カルテを持ったさっきの医師が入ってくる。
医師「あなたの下の名前さんですが診察の結果、
やはり記憶喪失が濃厚だと考えられます」
その医師の言葉に誰も驚くことはなく、
ああやっぱりそうなのかという納得だけが残る。
医師「しかもかなり特殊なケースでして
対人関係に関わる部分のみ
きれいに消えているんです。」
対人関係……。
医師「普通、事故でこうなることは少ないんですが
もしかしたら何らかの友人関係のトラブルが
あったのかもしれないですね」
知らない女性「あのっ先生、治るんですか?」
医師「それはなんとも。先程申し上げた通り
非常に珍しいケースでして、
時間をかければ治る可能性は高いですが、
もし記憶を失くすほどイヤな記憶だった場合
思い出すことで本人の負担になるケースも……」
長々と説明していた先生は
ふと不安そうに私が見つめていたのに気がついたのか
「こちらの方はあなたの母親です」と教えてくれる。
けれどそう言われたところで思い出すことはなくて
期待を込められた目に罪悪感だけが募る。
記憶喪失……。
記憶がないから実感なんてなく、
まるで知らない世界に1人で取り残されたような気分。
医師「とりあえず他に外傷もなさそうでしたし、
精密検査の結果も入院が必要なほどの
怪我はなかったので一応申請すれば
明日から家へ帰れますが……」
どうしますか、と尋ねる医師に私の母親だという女性は
「お願いします」とだけ言う。
申請手続きのため、医師と母親は退室し、
部屋にはわたしと、名前の知らない男子2人が残される。
あなた「ごめんなさい…名前わかんなくて……」
そう言うと苦しげに表情を歪めたあと、
背の高い方の黒髪の男子が
黒髪「黒尾鉄朗。一応幼馴染」
と呟くように言ってから
隣のずっと下を向いている途中から染めてないのか
上の方だけ黒い金髪の隣の男子を目線で指して
「こっちが孤爪研磨」と紹介してくれる。
どうやら彼もまた幼馴染らしい。
あなた「なんか…ごめんなさい。迷惑かけて」
申し訳なさでいっぱいになって答えると
それまでうつむいてた孤爪さんが顔を上げて
少しだけわたしと目線を合わせる。
猫目の気だるげなその瞳に
わたしの横から差し込んだ光が微かに感情を灯らせる。
孤爪「別に…、迷惑なんて思ってない」
そう言った彼は言い切ったことに満足したのか
足元でプラプラと身長にしては長めの足を持て余す。
沈黙だけが病室に降り注ぐ。
黒尾「…………あなたの名字あなたの下の名前は、」
黒尾「俺らの幼馴染で、バレー部のマネージャーで、
誰からも好かれてるようなヤツで、」
そこで言葉を区切ると
彼が顔を上げ、柔らかい視線が私を捉える。
黒尾「お人好しで危なっかしくてほっとけないヤツ」
少しだけ硬かった表情を崩して
フッと微笑む彼の笑みに何故か心が暖かくなる。
孤爪「記憶なんてなくたってあなたの下の名前はあなたの下の名前だよ」
あなた「そういうものですか?」
孤爪「敬語じゃなくていいよ。俺のほうが下だし」
あなた「はい、あっえと……うん」
頑張って言い直す私を見て
2人の視線は和らいでいく。
けれども私が
「なんで私は記憶をなくしたんですか」と尋ねると
ピンと空気が張り詰めて
黒尾「それが……わからないんだ」
そう告げた。
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編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。