第26話

聖女の晩餐
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2021/01/26 12:45 更新
お養父さまとカリムとご飯を食べた。
みんなで囲む食卓は幸せ。

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「……大隊長、本当によろしいんでしょうか?」
「そう遠慮するな。あなたも張り切っていたぞ」
仕事帰りに普段と違う道を歩く。
カリムはバーンズの家に招かれ、あなたも合わせた三人で食事をすることになっていた。
一足先に帰った彼女は、今頃料理に腕を振るっているのだろうか。

”あなた、今夜はカリムも一緒に夕食を摂る”
”あら珍しい。お養父さまが誘ってくださったんですか?”
”ああ、構わんだろう?”
”勿論です!気合い入れて作らなきゃ。カリム、食べたいものありますか?”
”……辛いもの以外で”

昼休憩の時にそんな話をしたら、あなたはせっせと献立を考えていた。カリムの食の好みは把握している彼女だ。食べられない料理は出てこないだろう。
あなたと付き合ってもう長くなるが、家に行くのは初めてだった。
ものすごく緊張している。

バーンズと並んで歩いていると、視線の先にシンプルだが趣味のいい造りの家が見えてきた。
一階部分に明かりが灯ったその家を指さし、あそこだとバーンズが言う。
「大隊長の家らしい家ですね」
「む、そうか?」
「ええ。飾らないのに重厚感があって、綺麗に手入れされていて……、家主の人となりがよく出て滲み出ていると思います」
「だいぶ古くなってきたがな。壁も数カ所ヒビが入っている。そろそろ直さねばならん」
凝った造りの家は見ていて楽しいものだが、住むならこういうスッキリした家がいい。
そう思いながら門をくぐると、段差のついた庭に小さな花壇と畑があった。植えられているものはなんだろうか。
庭を進めば奥には物干しと、反対側にちょっとした池が作られている。緑の多い落ち着く空間だ。
玄関に掛かったランタン型の電灯が、風情のある雰囲気作りに一役買っている。

「あの畑は大隊長が管理を?」
「そうだ。土いじりは気が休まる。花壇はあなたのだが、花というよりハーブがよく植わっているかな」
「あなたにガーデニングが務まるんですか?」
「ハーブは世話をしなくてもよく育つ」
「なるほど」
「まあアレもシスターだ。神事に使うから花にはそれなりに詳しいぞ」
「そういえば、葬儀の時はシスターが故人の人柄に合う花を選んで選択するんでしたね」
庭を眺めるカリムは、普段見えないあなたの一面に新鮮さを感じていた。花を愛でるところは見たことがないが、花を持つ彼女の姿は何度も見た。
烈火の葬儀の際もあなたが手向けの花を活けていたし、棺に入れる花もすべて彼女が選んだものだった。

「さあ、入ってくれ」
「……お邪魔します」

バーンズがドアを開けてカリムを促す。
鎮まりかけた緊張が再び蘇って心臓を叩いたが、こればっかりは腹を括らなければ。
家の中は温かい光と、夕食のいい香りで満たされていた。

「おかえりなさいませ、お養父さま!カリムもよくいらっしゃいました」
「ただいま」
「ご飯もうすぐできますから、掛けて待っていてくださいな」
「手伝って手助けすることは?」
「大丈夫です、本当にもうすぐだから。どうぞゆっくりしててください」
あなたは慣れた様子でバーンズの上着を預かると、カリムの申し出に笑顔を返した。彼が納得したのを見届けてぱたぱたと奥へ戻っていく。上着をクローゼットへ掛けに行ったのだろう。
「……今の姿だけ見ると、娘というか嫁ですね」
「冗談はよせ。あんなじゃじゃ馬を娶るような体力はもうないぞ」
「肝に銘じておきます」
バーンズに案内されてリビングに入ると、少ししてあなたが茶を運んできた。薄い色に花のいい香りがついている。
花壇で育てたハーブだろうか。
洒落たカップは見たことがある。あなたが好きな食器メーカーのもので、ついに手に入れたのだと写真を見せてくれたのを覚えていた。
「支度が整ったら呼びますね」
盆を胸に抱えて微笑み、キッチンへ消える彼女は可愛らしいエプロンをしていて、それもまた新鮮な光景だった。

リビングを見渡すと、父娘の仲の良さがよく分かる。
棚や壁にはいくつも写真があって、それらには全部バーンズとあなたが写っていた。幼い頃から、自分が見知った姿まで様々だ。思い出として大切に飾られる写真たちの果てに今の二人がいる。
胸がじんわり温められていくのを感じて、カリムは向かいの獅子に声を掛けた。
「写真、たくさん撮って撮影されたんですね」
バーンズはカリムの言葉にふと部屋を見回す。彼にとっては当たり前の景色を改めて観察しているようだ。
「ああ……。だいたいはオニャンゴが勝手に撮ったものだが、思えば随分な数になったな」
「素敵です。あなたがバーンズ大隊長を好いて慕う気持ちがよく分かります。こんなに大事にされてきたんですから」
「最初はどうなることかと思ったがな。子育てなど初めてだったし、よく泣かせた」
「よく泣いたからこそ、あなたは大隊長の前が一番素で素顔のままいられるんでしょうね」
「しばらくしたらその任はお前に押し付けるぞ。さすがに添い寝するには布団が狭い」
「残念ながら俺では務まりませんよ。狭い窮屈もご辛抱を」
きっぱり言い切るカリムに、バーンズは苦笑して茶を啜った。

そう、まだ自分では無理だ。
恋人として一緒に歩くことはできても、彼女を一瞬で包み込めるほどの大きさはない。
それは自分の役目ではない。
それが務まる人間はこの世にバーンズしかいない。
あなたとバーンズには、いつまでも父娘でいて欲しい。
窮屈に身体を寄せて幸せな寝息を立てる時間を大切にしてもらいたかった。
その意図はバーンズにも伝わったはずだ。

「お養父さま、カリム、お待たせしました!ご飯できましたよ!」
キッチンから聞こえるあなたの声。
その明るい声も、素直な笑顔も、カリムは本当に好きだ。
それを成立させているのは父の愛情に他ならない。愛する彼女を育てたのは、目の前の彼だ。
「ああ、今行く」
バーンズは少し声量を上げて、あなたに優しい声を返した。

ダイニングに並んだ料理を囲み、祈りを捧げてから食事は始まった。
「カリム、リビングの写真見ました?若い頃のお養父さまも格好良かったでしょう?」
「ああ。あとあなたにまさかの可愛らしい時期があって驚きに驚愕した……い゛っ!!」
「なんですって?もう一度お願いします」
「そういうとこだよ……!」
惚気全開のあなたに嫌味を言い、思いっきり足を踏まれたカリムが意地になって反論する。あなたがそれに更に怒り、瞬く間に食卓が賑やかになった。
「今の私が可愛くないみたいじゃないですか!」
「どの面下げて”可愛い”と思ってんだ?」
「ひどい!最低!」
「……っ、だから…っ、迷いも躊躇もせずみぞおち狙う女を”可愛い”とは言わねぇんだよ……っ!いってぇ……」
「お養父さま!カリムがひどいこと言う!」
「お前はひどいことをしている側だろう」
「みぞおちに肘入れただけでダウンする脆弱な男性のほうが悪いと思います!」
「私基準で男を見るな。殺人事件が起きるぞ」
父親のいる前で素直に”可愛い”と褒める度胸は今の自分にはない。ただ、必死の照れ隠しもバーンズには見抜かれている気がした。

「……二人の時は可愛いって言ってくれるのに」

いや、あなたにすらバレている。
「…………照れくさいんだよ察して分かれ」
口調だけでも強がってみるが、さほど効果はないようだった。
「あなた、いつもみたいに褒めてほしいと素直に言えば済むだろうに」
バーンズは料理を口に運びながら若い二人を見ている。二十歳をすぎてもまだまだ青い。彼らの姿に、獅子は賑やかになった我が家の奇跡を噛み締めた。
───ひとりで生きて、死んでいくものと思っていたのに。
「お前が絡むから料理が冷えて冷めるだろうが!」
「先に喧嘩売ってきたのはカリムじゃない!」
「二人ともそれくらいにしなさい」
いつの間にか、繋ぐ手が増えてしまった。
こういう風景を”幸せ”と呼ぶのだろう。

騒がしい夕食は続き、食べ終えた頃には満腹とは別のものに満たされていた。


「人生で一番賑やかな食事だった」
「……申し訳ありません調子に乗りました」
「よしよししてくださいお養父さまぁ……」
食後に晩酌の共をしながら、カリムはバーンズに深々と頭を下げる。
あなたは既に酔っ払い、バーンズの膝を枕にして横になっていた。恥ずかしげもなく膝に顔を擦り付ける娘の頭を撫で、獅子はグラスを片手に微笑む。
「気にするな、楽しかったぞ」
「そう言って頂けると報われて救われます」
「お養父さまぁ……、カリムとばっか仲良くしてずるい……。あなたも混ぜて欲しいれすぅ……」
「……コイツは相当酒に弱いんですね」
「飲みたがるくせにいつもこのザマだ。……っ、おいあなた!どこに顔をつけているこの馬鹿娘!」
カリムは父娘のやり取りをつまみにグラスを傾けた。バーンズのお気に入りの酒は非常に飲みやすい。
「お養父さまの太もも……」
「そこはもう太ももじゃない!そんな阿婆擦れに育てた覚えはないぞ!」
「あなたのやつ、大隊長の趣味に付き合いたくて仕方なくどうしようもないんでしょう。軽く嫉妬します」
「なら変わってくれ」
「それは嫌です。大隊長に寂しい想いをさせるわけにいきません」
「お前は本当に口が立つな……」
「嘘の虚言を弄したつもりはありませんよ。そばにいたくて必死になって……、可愛いじゃないですか」
カリムの言葉に、バーンズはふと複雑な顔をした。

「そばにいたくて、か……」

その様相に、何かまずいことを言ったのかと不安になる。獅子の瞳は憂いを帯びて、じっと膝に転がる娘を見つめていた。

「この子にとっては、私のような男がただひとりの身寄りだ。哀れに思う時もあった」
「大隊長?」
「あなたの生みの親は本当にいい人たちでな。それが一夜のうちに亡くなって私に引き取られて、仕事で遊びにもロクに連れて行ってやれず、学校の行事にも行けなかった。それでもこの子はお養父さまお養父さまと……。もっとしてやりたいことがたくさんあった」
「…………」
「出来損ないの父だが、お前と出会わせてやれて良かったと思う」
祈るようにあなたを見下ろすその顔は、いつもより少し頼りない。
本当に悔いているのだろう。娘を満足に可愛がってやれなかったと。見ている側からするとそんなことはないが、当事者の求める理想は思ったより高いのかもしれない。

「大隊長、出来損ないなどとご謙遜を。地面にクレーター作る女の父親は貴方にしか出来て務まりません」

これ以上可愛がってどうするつもりだと思いつつ、カリムはやんわりと上官に釘を指すことにした。
バーンズは驚いたように顔を上げ、部下を見る。
「あなたが言ってましたよ。特殊消防隊に入って入隊することで大隊長と揉めて、庭に穴を開けてしまったと。あの不自然で自然じゃない段差がそうでしょう?」
庭を歩いた時に気付いた段差。円形に広がったそれは芝で目立たないように隠されていたが、恋人から思い出話をされていた彼にはすぐ分かった。
バーンズは首を捻って後ろを向き、しばらく過去の残滓に目を向ける。
そんな彼の横顔に向かって、カリムは真っ直ぐに想いを紡いだ。

「本当に化け物じみた可愛い恋人です。貴方の娘に相応しく似合っている。───俺も娘ができたら、膝でそんな無防備に眠って爆睡してもらえる父親になりたいと思います」

眠りに落ちた恋人に目を細める。
本当に、本当に愛おしい。
逞しい腕に守られ、優しい瞳に抱かれ、大きな背中を追いかけて育った彼女が。人の思いやりを真っ直ぐに受け取って、それを誰かに返せる彼女が。
「───世辞が上手いものだ」
あなたを見ていれば分かる。
バーンズがどれほど娘を大切にしてきたか。
最初は哀れみだったかもしれないが、それだけではここまで続かない。
「世辞かどうかは、その馬鹿が起きた時に聞いて尋ねてください。ついでに大隊長が出来損ないかどうかも。あなたは勘がいいですから、貴方の優しさが同情か愛情か見分けて判別できているはずです」
カリムの堂々とした物言いに老獅子は笑った。

「こんなジジイを甘やかすの物好きは娘だけだと思っていたが、息子もか。困った子たちだ」

照れくさそうに目を伏せて微笑むバーンズに気付かれないよう、カリムは温まった胸がぼかした視界を必死に隠すのだった。





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【その後とあとがき】

翌朝。
「なぜか朝イチでお養父さまに小突かれました」
「そりゃお前、昨夜酔っ払って大隊長の股間に頬で頬ずりしてたからだろ」
「エッ……。エッ!!?」
「本当に何も覚えて記憶してねぇんだな」
「いやあああぁぁぁ!ごめんなさいお養父さまぁっ!嫌いにならないでーーーっ!!」
「朝から喧しいぞあなた……」
「うわあぁん!お酒に飲まれたあなたが悪かったですぅーーーっ!!」
「ふん……」
「大隊長、怒りながら頭撫でないでください。そんなだからあなたが省みて反省しないんですよ」



幸せな家族のひとコマ。





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