「第三世代か───」
ころころと庭を駆け回るあなたを眺めながら、バーンズはコーヒーを啜る。
あなたの第三世代能力が明らかになってからもうすぐ二年が経つ。今のところ生活に支障は出ていない。それどころか、能力が発現する場面が少ない気さえがする。
第三世代の発火現象において、特に幼少期は何かしらの強い情動が引き金になる場合が多い。
あなたの能力が初めて現れたのは、雨の中バーンズに傘を届けに来た日だった。途中、あなたは雷に驚いて転び、泣きながら傘を拾ったらしい。
恐らく、その時に感じた強い恐怖───もしくは驚きが引き金になったのだと思うが、詳細は分からない。
「あなた、そんなにはしゃぐと転ぶぞ」
「びゃん!!!」
言ったそばから転んだあなたの身を案じるあまり、バーンズは危うくコーヒーを零しそうになった。
「ほら言っただろう……。怪我はないか?」
「ぐすっ……大丈夫ですぅ」
「まったく、顔に似合わずお転婆だな」
「あ……」
まだまだ小さく軽い身体をひょいと抱き上げる。
脇の下に手を入れ持ち上げると、あなたが宙にぶら下がった。
「最近はあまり泣かなくなった」
「もう八歳ですもん!それに、お養父さまの子なのに弱くちゃカッコわるい」
「そうか?もう少ししたら甘えてもらえなくなるかな、残念だ」
「……残念ですか?」
「ああ、だから今のうちに目一杯甘やかしておくとしよう」
「わぁっ、お養父さま、おヒゲくすぐったい!」
あなたを抱き締めて頬を寄せると、娘はむず痒そうに笑った。きゃあきゃあと喜ぶこの子は、いつまでこうして擦り寄ってきてくれるだろう。
反抗期というやつも、いずれ訪れるのだろうか。
愛くるしい娘とじゃれあって過ごす非番の日が、バーンズの何よりの癒しだった。
「お養父さま」
「ん?」
「わたしもコーヒー飲む」
「やめておけ、お前にはまだ苦い」
「飲むー!」
最近のあなたは成長が目覚しい。
身体はもちろん、心も随分大きくなった。怖がりと泣き虫は相変わらずだが、バーンズの真似をしては一生懸命背伸びをする。
女の子はませるものだと聞いていたが、本当だ。
仕方なく、バーンズは持っていたマグカップをあなたに向けて差し出した。
「熱いから気をつけなさい」
「はーい。…………ぶっ!にがっ!!」
「苦いと言ったはずだが」
「うえー」
予想以上にキツかったのか、あなたがぶるっと身体を震わせた。
その時だ、突然周囲に熱が走る。
あなたの持つマグカップの中で、コーヒーが沸騰し始めた。暖かな日に似つかわしくない熱気がバーンズを煽る。
「発火するほど無理するんじゃない」
「お養父さまがおいしそうに飲むんだもん……」
「あなたも大人になったら美味さが分かるかもな。しかし、いつ見ても驚く。火力で抜かれるのも時間の問題だ」
バーンズは手際よく娘からマグカップを取り上げて言った。零して火傷をしないようにテーブルの奥に避けると、自由になった手であなたの頬を包んでやる。
「わたしの炎、すごいんですか?」
「凄い。大人でも中々この火力は出ないぞ」
「お養父さまの娘でいてもはずかしくない?」
「馬鹿を言うな。何だろうと娘を恥ずかしく思う親がいるものか」
「うん……えへへ」
むにむにと未熟な頬で遊んでいると、気が落ち着いてきたのか、あなたの熱が冷めていく。
養父の胸にもたれながら、あなたは少し躊躇ったあとにバーンズを呼んだ。返事をして先を促すと、そのくるりとした大きな目がバーンズを見つめる。
「わたし、特訓したいです」
まさかの発言にバーンズは言葉を失った。
「……特訓?」
結果的に、娘の言葉をオウム返しにする形でその真意を問う。あなたは小刻みに頷き、バーンズにことの詳細を説明するべく、再び口を開いた。
「特訓して、強くなってね……大人になったら、父さまやお養父さまみたいなカッコいい特殊消防官になりたいです」
「あなたが特殊消防官、か……」
想像できない未来に、バーンズは思わず首を傾げてしまった。この内気で弱気な子が、人の命と財産を守る消防官に───。
「お前は第三世代だからな、その道ももちろんあるだろう。だが、現場では怖くても泣けないのだぞ」
「わかってます!だから特訓して強くなりたいと思ったんです!」
「そうかそうか。心意気は十分だ」
子どもとは夢を見るものだ。その夢が大人を勇気づけ、未来を輝かせる。
家族を亡くしてからのあなたは、明日に焦がれることも将来に希望を持つこともなく、ぼんやりと生きていた節があった。
笑いもするし、はしゃぎもする。しかしそれは今一瞬だけの感情であって、バーンズにはどこか”その場しのぎ”のように見えていた。
だから、たとえ荒唐無稽であっても、あなたが将来の夢を口にしてくれたことが嬉しい。
これが明日を待ち望むきっかけになればいい。特殊消防官などという荒くれた夢は、どうせそのうち改まるだろう。
「わたしの師匠になってください、お養父さま」
「師匠とはセンスが渋いな。……だが、いいだろう、頑張って着いてきなさい」
「はいっ!」
※
「あなた、頼みがある」
「どうなさいました、バーンズ大隊長?」
机の上に飾った写真立てをそっと伏せる。
特殊消防官を目指し始めたばかりのあなたは、強大すぎる炎の扱いに失敗してよく泣いていた。その一場面がこの写真に記録されている。”家族らしくなってきた”とオニャンゴが撮ったものだが、当時のバーンズはそれどころではなかった。泣き喚くあなたを落ち着かせるのに全神経を使っていたからだ。
何の悪戯か、無能力者家系に突如生まれた驚異の第三世代───あなたが秘めた力は、幼い子どもが操れるような可愛いものではなかった。
そして、いつか諦めるだろうと見くびっていたあなたの夢は、ついに折れぬまま現実となっている。
───今となっては、あの大変だった日々もかけがえのない思い出だ。
立派に育った娘を見て、バーンズは誇らしい気持ちで続ける。
「これを届けに行ってもらいたい」
「はぁ、構いませんが……どちらに?」
獅子は子を千尋の谷に突き落とす、という言葉があったらしい。しかしその実、獅子はひどく子煩悩で、子を谷に落とすことなどできない生き物だったそうだ。
自分があなたに与えようとしている試練は、果たして獅子の子落としか、親バカの娘自慢か。
「第7特殊消防隊大隊長、新門紅丸にだ」
まあ、後者だろうな。
大切に大切に護り、強く賢く正しく育ってくれた娘。いつこの人生が終わろうとも、あなたをここまで育てられたという誇りだけは持って行ける。
「───第7とは、また大仕事ですね」
「すまない。頼まれてくれるか?」
あなたはバーンズの用事に困ったように、だがどこか嬉しそうに微笑んだ。
「もちろんですとも。だいたいそんなご用事、私くらいしか引き受けられないじゃありませんか」
まったくだ。他の隊員には頼めまい。
浅草の地に一歩踏み込めば何が起こるか分からない。聖陽教会直属の第1の人間であれば尚更だ。
「ああ、その通りだよ。必要ならば浅草でひと暴れしてこい……などと言える人間はお前くらいだ、あなた」
バーンズが微笑むと、でしょうねとあなたが笑顔を返してきた。
「お届け物の件、承知致しました。その信用にしかと応えてまいります、お養父さま」
「任せたぞ。新門大隊長から”お前の頑固娘は手に負えん”と抗議の電話が来るのを楽しみに待っていよう」
敷地の外へ歩いていくあなたの背中を、執務室の窓から見送る。
伏せた写真立てを起こし、優しい瞳で過去の輝きを撫でるバーンズは、誰から見ても良き父の顔をしていた───。
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【あとがき】
あなたにはデレしかないバーンズ大隊長(ただし本人はこれが普通などと供述しており)。
次回、ついにあなたと新門紅丸が邂逅!












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!