前の話
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Luke side-
4月3日~5日にかけてオーストラリア、メルボルンサーキットでF2開幕戦が始まる。
メルボルンサーキットの様子は様々だ。
ピット内ではクルー達が肌や新しい作業着を黒い油で汚すのも惜しまずに選手のマシンを丁寧にセッティングをしている。選手達はそんなクルー達とは別に選手同士で会話をしていた。サボりじゃないよ。
僕たちには必要なことだから、今のところは…。
ピット裏のサーキットの中で多分一番静かだと思う簡易的な薄っぺらい寝れそうにないベッドと小さいペットボトルしか入れられない冷蔵庫が置いてある選手専用の待機場所と言うトレーラーの荷台の中で今は会話をしている。
ディノ・ベガノヴィッチ
知ってはいるが話したことがない。
ただ、名前や顔、雰囲気だけ知っている。
パウルやセバスはフォーミュラ4~1のレースに出る前、カートやフォーミュラ系列の小規模レースの時にチームが同じで仲は良いそうだ。
ディノの話題のまま会話はクルーに呼ばれるまで続いた。2人は別々のチームだから個々の用事を済ましに行く。このトレーラーには今、俺しかいない。
話し疲れたし、この寝られそうにない簡易的なベッドに腰かけて少し自分の時間を過ごしている。トレーラーのドアを最後にパウルが全開にして出ていったからサボってるのが丸見えだけど、それを閉めに行く気力が今のところ無い。自分のところのチームのクルーが時々通りすぎて笑ってくれる。笑ってくれるだけマシか、怒られたく無いし。
セバスとパウルの話を振り返ってみる
これが俺がディノを知るきっかけになる。2人が思うに、ディノは自信家でノリが良く面白いらしい。
多分、話を聞くに俺は嫌いじゃないが気に入りはしない気がする。気がするだけだが…
オリーだ。オリバー・ベアマン
彼の笑い声は良く響く、このトレーラーの中まで聞こえてくる笑い声。誰と会話をしているのか…
聞き馴染みの無いまだ声変わりしてない青年のような声に北欧訛りの英語。今年から入った若手のドライバーだろうか。足音がこっちに来ている様な気がする。オリーが俺に挨拶にでも来たのだろうか。
案の定、オリーが空いたドアから顔を除かせて俺と目が会うとにっこり笑う。
オリーの背中から誰かが顔を出す
俺と目が会うと彼もにっこり笑う。
愛想の良いやつだ
2人の言ったように彼はイケメンだ。
俺は少し彼を舐めていたかもしれない。
茶色とブロンドの混ざりウェーブが軽くかかった髪の毛。笑った時に目が細められ眉尻が下がり幼い無邪気な笑み。その雰囲気の割に身長も高く見るからに筋肉質だ。ディノは馴れ馴れしく俺に近づいて握手を求める様に手を出してきた。拒否をする理由も無いので俺は握手をした。
彼はそのまま俺の手を観察するように持ち変えて
口を開く
言葉を選ばないとはこう言うことなのか。
もっと口が悪いとか皮肉ったらしいだとか、そんなことを思っていたがこう来るのか。
俺の手が女性的なのは自覚していたが、男に女性的とは、普通の男なら怒るところだ。
ディノは俺の腕を軽く掴んで引っ張るようにしてオリーに見せる。オリーは苦笑いをして言う。ディノは普段からこう無意識に誰かを困らせる人なのだろう。
ディノは軽く俺の手の甲を親指で撫でている。
俺はこの状況、この自分の心境に困惑している。
初めて顔を会わせて、握手をしたかと思えば俺の手をとって観察し初めて、俺の手を綺麗だとか女性的だとか言い始める。しかし、何故か嫌では無かった。何年も一緒のピットのクルーに手が女性的だと言われた時は嫌であったが、今日初めて会った人、彼に女性的だと言われるのは何故か嫌ではなかった。そう触られるのも嫌ではなかった。むしろ、この心境の答えは見つからないが心地良い。俺は自分の手の甲を撫でてる彼の小麦色に焼けた手を見つめていた。沈黙に気付かない程、俺はこの時間を心地良いと感じていた。それと同時に恥ずかしさも感じていた。多分、俺の顔はちょっと赤くなってたと思う。
その言葉に驚いて顔をあげると、ディノと目が会った。数秒間目が会ってたと思う。可愛らしい眉毛に、彼の目は優しく細められ、グレーに近い水色の瞳。もっと顔が赤くなり始めた気がする。耳も暑く感じてきた。どうしてだろう?彼の言動に引き込まれてる。
オリーはトレーラーから去っていってしまった。助けを求められる人間がいなくなってしまったのが痛いところではある。この狭く、寝れそうにない簡易的な薄っぺらいベッドと小さい冷蔵庫しか無いトレーラーには俺とディノしかいなくて、まだ手を離さずに優しく握ってくれていて、目が会っている。彼は目を離してくれない、離す気配も無い。試されてる様な感じもするが、俺は耐えられなかった。俺の頬が赤くなってるのは明らかで、男としてのプライドからこの顔を見せる訳にはいかなかった。俺が目を逸らしてしまうと、彼はクスッと笑う。その笑い声にまた恥ずかしくなる。俺は完全に下を向いてしまった。
分かってる癖に分からないフリをしている。
頬が赤いことも言わない。少し言って欲しいと思ったが、言われれば、また恥ずかしくなるだけだ。
泣いてるの?と言われるのも恥ずかしくはあるが。
彼の顔を見ない代わりに繋がれた手を見つめていると、彼の顔が視界に入って、またクスッと笑う。
ああ、また彼と目が会ってる。彼のペースに乗せられてる。どうして言い返せないのだろう?オリーやパウルにそう言われた時、別に恥ずかしくなったり頬が赤くなったりはしないのに、彼には弱い。どうしてだろう?答えが見つからない、でも、彼に惹かれているのは認めたくないが認めざる得ないのかもしれない。
彼のもう片方の手が、俺の膝に乗る。
彼の顔が近い。小麦色に焼けた健康的な綺麗な肌に、可愛らしい眉毛、グレーに近い水色の瞳、通った鼻筋、薄い桃色の唇。彼の目線は俺の唇にある。
沈黙が続く、トレーラーの外はピットの作業音や会話が聞こえるはずなのに今は聞こえない、2人だけの世界にいるみたいに静かに感じる。彼の目が俺の唇と目を交互にゆっくりと見ている。
心の中でため息をつきかける、こんなにも言葉を選ばないのか。こう言う物は静かに物事が進むものじゃないのだろうか。分からない、キスしたいかどうかなんて。でも、キスしなきゃいけない雰囲気みたいな…
頷いてしまった。俺の頭の中には断ると言う選択肢は出てこなかった。断る理由も無かったのだ。俺はただ、彼のペースに乗せられてる。乗せてもらってると言った方が良いのかもしれない。彼はまたあの悪魔みたいな笑みでクスッと笑って、俺の目を見つめながらキスをしてきた。キスをしてくれた。甘いリップ音が狭いトレーラーの中で響く。最後に唇を優しく噛んで離れていった。終わってしまった。長かったが一瞬に思えたキス。彼の唇が離れた時の虚無感はなんとも言えない。もっと欲しいと思ってしまった俺を罰して欲しい。
ほら、またクスッと笑う。意地悪はどっちだ。ディノ・ベガノヴィッチと言う意地悪で顔の出来た男に今日初めて会って、今日キスしてる。物事が早く進みすぎている。俺を見つめる彼の目は怖いほど優しく、誘ってるように見える。俺は曖昧な関係は苦手だ、彼のような人の場合そう言う軽い気持ちで人の心を弄ぶかもしれない。俺だけが彼に夢中になってしまっては、それは悪い関係の始まりであるから。
確信が欲しかった。安心したかった。俺は命令口調になってしまったが、その為には言うしかなかった
迷いも無く俺の唇に飛び付いてきた。噛むようなキス。痛い程に。狭いトレーラーの中の温度が上がった様な感覚。鼻と鼻がぶつかってても気にしない。お互いの熱い息がかかっても気にしない。ドアが全開でも気にしない。今は唇に集中してる。お互いの唾液が混ざり合う、彼はガムを噛んでいたのかブドウみたいな甘い味がする。どんどん息ができなくなってくる。頭がくらくらする。気持ちい。
分かった、分かったから、好きなのは分かったから。お互いに止まれなくなる前に止めなきゃいけない。彼の腕を強くギュッと掴んでしまう。彼は気にしない。むしろ、嬉しそうに鼻でクスッと笑ってキスを深めた。体が熱くなって、思わず自分でも聞いたことの無い甘い声が漏れる。
彼はやっとキスをやめてくれた。やっといつも通りの息ができるが、体は熱いままで、俺の顔は蕩けてたと思う。彼がそれを見てどう思ったのかは知らない。彼は俺を見てまたクスッと笑う。恥ずかしい。
彼は優しく俺に問いかけた。
彼は自信満々に笑いながら言った。その態度が好きだ。そこで変に照れたりしない、まるで、 ''当然だ''と言う様な感じで、ちょっと男として格好いいと言うか、尊敬できると言うか。俺なんてキスされて照れに照れまくってる上に熱くなってる。それでもまだ彼からあの言葉を聞いていない。命令口調かもしれないが、彼に言う。
正直落ち込んだ。キッパリ嫌と言われたからだ。
それでも彼の目は優しくて、落ち着く。
また良く分からない感情になる。
答えが欲しい。くれたけど、具体的に欲しい。
この雰囲気を崩すような気持ちだけど、好きと愛してるの違いは俺には良く分からない。だけど、凄い言葉なのだけは分かる。俺を本気で好きって言うのが分かる。
そう言い俺の手を引いて立ち上がらせた。今からプラクティス走行があることも忘れていた。恥ずかしいが、今すぐ帰ってセックスしたいと思ったのは彼には言えない。その気持ちは秘密にして、俺らはプラクティス走行をしに行った。
甘い夜が待ち遠しい。
こんな感じで初対面でも恋に繋がることがあるのかって不思議な体験だったよ。初対面でも愛することができる。人生何があるか分からないのが生きる上での醍醐味だ。彼との生活も案外悪くない。一緒にいると異なる意見や価値観のすれ違いで起こる喧嘩も勿論あるわけだが、お互いに尊重し合えてると思う。今のところ最高の時間だよ。
-Fin.-












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!