冷房がようやく効いてきて、蒸し暑かった店内も少しずつ快適になってきた。
歩夢と私は、開店前の掃除を黙々と進める。
その時だった。
カランカラン。
『おはようございます。』
入り口のドアベルとともに、落ち着いた声が聞こえた。
「ん?」
まだ開店前の時間だし、お客さん……?
そう思いながら入口へ向かうと、そこには一人の男性が立っていた。
髪は寝癖がついたままで、家を飛び出してきたようなラフな服装。
(でも、肌めちゃくちゃ綺麗……じゃなくて、この人さっき店長が言ってたヘアメイクのお客さんかな?)
「あの、まだ開店前なんですけど……ヘアメイクで来られた方ですか?」
『はい。この時間に来てって言われたんですけど。』
「かしこまりました。ご案内いたします!」
そう言って案内しながら、私は思わず横顔をちらりと見る。
(……この人がアイドル?)
画面の中にいるようなキラキラした姿とは違って、どこにでもいそうな、寝起きの青年にしか見えなかった。
「こちらのお席で少々お待ちください。」
部屋を出ると、待ってましたと言わんばかりに歩夢が駆け寄ってくる。
歩夢「あなた!どうだった!?」
「どうだったっていうか……店長まだ来てないけど大丈夫なの?」
歩夢「あ……。」
歩夢の表情が固まる。
「とりあえず連絡しないと。」
そう言った瞬間――
カランカラン。
店長「やばいやばい!あ、二人とも、おはよう!」
額に汗をにじませながら、店長が勢いよく店に飛び込んできた。
歩夢「おはようございます!」
「店長、ヘアメイクで来られた方、別室にご案内してあります。」
「おー!さんきゅ!」
それだけ言うと、店長はそのまま慌ただしく部屋へ入っていった。
その様子を見送っていると、再び入口のドアが開く。
雫「歩夢、おはよう!」
「しずく!おはよう!」
入ってきたのは、私たち三人の同期の一人、逢沢雫だった。
でも、どこか様子がおかしい。
暑さのせいなのか、顔は少し疲れていて、ぐったりしているようにも見える。
「しずく、大丈夫?どうかしたの?」
雫「さっきまで店長と一緒に走ってきたの。」
肩で息をしながら雫が苦笑する。
雫「駅で偶然会って、『今日からヘアメイクの仕事だから、もう来てるかも!』って店長が焦り始めてさ。つられて私まで走っちゃった。」
「あー、なるほどね。」
思わず笑ってしまう。
雫は息を整えると、目を輝かせながら聞いてきた。
「てかさ、今日ヘアメイクに来るアイドルってM!LKなんでしょ?二人は見た?」
「俺は掃除してたから見てない。でもあなたが案内してくれてた。」
「えっ!あなた、どうだった?」
「どうだったって言われても……。」
私はさっきの男性を思い浮かべる。
「朝早かったから寝起きっぽかったし、普通の人って感じだったかな。そもそも私、あんまり顔知らないし。」
その瞬間。
雫・歩夢「えっ!? あなた、M!LK知らないの!?」
歩夢と雫の声がぴったり重なる。
「え……二人とも知ってるの?」
どうやら、知らなかったのは私だけだったらしい。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!