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それからの日々は、大げさな出来事はないのに、ひとつひとつが光って見えた。
朝の「おはよう」がLINEで届くようになった。
京介は授業の合間に部活の動画を送ってきて、フェンファンはキャンパスの新しい図書館の写真を返す。
週に一度は喫茶店で会って、宿題のプリントを広げる京介の隣でフェンファンが「ここはこうでしょ」と、少し教師ぶる。
京介は不満げな顔で「先生、スパルタ」と口を尖らせるけど、ノートの端っこに小さく描くフェンのイラストは嬉しさで丸い。
ときどき、フェンファンの胸をちくりと刺す瞬間もあった。
大学のサークルの先輩に飲み会へ誘われて、「彼女いないなら来なよ」と笑われた帰り道。
駅の改札横で待っていた京介の笑顔が、ほんの少し硬かった。
「遅くなってごめん。先輩につかまって」
「ううん。フェンが楽しそうなら、俺はそれで」
「……京介」
フェンファンは、彼の手を探した。
街灯の下、小さな影が重なる。
「俺、浮かれて見えた?」
「ちょっと。いや、だいぶ」
「ごめん。……でも、俺の『特別』は、京介から始まってる。そこ、たぶん簡単には変わらない」
京介は、照れ隠しのようにフェンファンの肩に額をこつんと当てた。
「そんなこと言うと、調子に乗る」
「乗っていいよ。——でも、宿題はちゃんとやってください」
「はい先生」
二人の足取りは、駅から川沿いへと自然に曲がる。
河原のベンチに並んで座って、缶ココアを一本。初めて再会した夜と同じ、ささやかな儀式。
「フェン」
「ん」
「俺、もう一回だけ、ちゃんと聞いてもいい?」
京介の声は、慎重で、それでいて勇気を含んでいる。
「俺を、恋人候補として、見てもらえてる?」
フェンファンは缶を膝の間に挟んで、まっすぐ彼を見る。
夜風が前髪を揺らして、視界が一瞬ぼやける。
「候補、って言い方、ずるいよ」
「ずるい?」
「うん。俺に逃げ道を残す。……でも、俺はたぶん、もう逃げない」
京介の目が、ほんの少し大きくなる。
「じゃあ——」
「今、言えるのはここまで。『好きになってる途中』。それじゃ、だめ?」
「だめじゃない。むしろ、一番うれしい」
京介は、息を吐いて笑った。その笑顔は幼い日の無鉄砲さと、今の彼の強さがうまく混ざっている。
フェンファンは、その笑顔の行き先に自分がいることに、胸の奥でそっと安堵する。
「じゃあ、もう一個だけ。……額、いい?」
「え」
返事を待ちきれなかったみたいに、京介は身を寄せて、フェンファンの額に触れるだけのキスを落とした。
驚くほど軽く、でも、思っていたよりずっと深く沈む。
フェンファンは反射的に目を閉じて、その短い温度の余韻を受け止めた。
「ずるいの、フェンの方じゃん」
「どこが」
「そうやって、また好きになっちゃうじゃん」
二人は、同時に笑った。
ゆっくりでいい。焦らなくていい。
言葉にしてしまうと壊れてしまいそうなものほど、手のひらで守りながら育てればいい。
***
春は、知らないうちに夏に向かっている。
サッカーの県大会が近づき、大学のレポートも重なって、会えない日が続くこともある。
それでも夜には「おやすみ」の一言が飛んでくる。
フェンファンの部屋の机の引き出しには、昔の手紙といっしょに新しいメモが積み重なっていく。
「今日、フェンの作った卵焼き甘すぎ」「試合でタイムリー打てた」「駅で手、離したくなかった」
——行間には今の京介の声が住んでいる。
ある日曜日、久しぶりに時間が合って、二人は神社の階段に座った。
子どもの頃、息を切らせて駆け上がった長い石段。
フェンファンは手すりに背を預けて、京介を横目で見る。
「ねぇ京介」
「ん?」
「小学生の時の約束、ちゃんと覚えてたの、すごいなって思って」
「忘れられなかったんだよ。置いていかれた気がして、悔しくて。……でも、あの約束を思い出すたびに、フェンが横に立ってる未来を勝手に思い描いて、それでまた頑張れた」
「俺は、あの言葉を冗談だって思って、軽く返した。ごめんね」
「ううん。あの時のフェンの『約束』で、俺は十分生き延びたから」
京介は立ち上がって、手を差し出す。
フェンファンはその手を取る。
指先に、触れるだけのキスが、今度はフェンファンから落ちた。
京介の耳まで真っ赤になるのが、近すぎてよく見える。
「——更新しよう」
「え?」
「約束を、今の俺たちの形で。大人になるまで、ちゃんと好きでいる努力をする。互いを急がせないこと。困ったら話すこと。……それと、手は、勝手に離さないこと」
京介は、笑って頷いた。
「了解。じゃあ俺からも。フェンが迷った時は、隣で迷う。嬉しい時は、二倍喜ぶ。フェンのこと、ずっと好きでい続ける」
石段の上、木漏れ日が二人の影を重ねている。
二つの影は、風に揺れても、ほどけない。
この町に戻ってきた理由は、大学のためだった。
けれど今はもう一つ、確かな理由がある。
幼い日の約束の続きを、今の言葉で描き直すため。
ゆっくり、じっくり、手のぬくもりをたしかめながら。
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編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。