最初は、本当にたわいもない会話だった。
先輩はわざと明るいトーンで、私の緊張をほぐすように笑いかけてくれる。私もそれに合わせて、ぎこちなく笑みを返した。
けれど、ひとしきり話し終えると、部室に短い沈黙が訪れた。
先輩は鍵盤の上に置いた自分の手を見つめた後、静かに私の方を振り返った。
その質問は、今の私にとって、何よりも重く響いた。
私の胸を突き刺すような、でも同時に、ずっと誰かに聞いてほしかった言葉。
きっと先輩だって、この言葉を口にするのは勇気が必要だったはずだ。一歩間違えれば、私をさらに追い詰めてしまうかもしれないから。
先輩だけじゃない。ライも、他のメンバーも、みんなが私を心配して、待ってくれている。
みんなの優しさに、今度こそちゃんと応えなきゃいけない。
絞り出すような私の声に、マナ先輩の表情が少しだけ和らいだ。
「そっか、よかった」と、先輩は小さく呟く。
けれど、本当に苦しいのは、ここからだった。
「続けたい」と言ったところで、ピアノが弾けなくなってしまった私が、どうやってここに居続ければいいのだろう。
頭では分かっている。スランプを克服して、またがむしゃらに練習して、みんなと音を合わせればいい。ただそれだけの、単純な話なのだ。
でも、今の私にとっては、それが世界の終わりかと思うほど高い、大きな壁だった。
鍵盤に指を乗せるだけで、また間違えるんじゃないかという恐怖で指が震える。
私のせいでバンドの演奏が止まってしまう、あの気まずい静寂が頭をよぎる。
そこから先の言葉が、詰まって出てこない。
鍵盤を見つめたまま固まってしまった私の小さな肩を、先輩の大きな手が優しく包み込んだ。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。