暗闇の中で慌てた声が聞こえる。
周辺一帯が停電しているのか外の明かりも消えて、見えるのは時々落ちる雷光だけ。
ポケットから取り出して画面を確認すると、ついてないことは続くのか、まさかの充電切れで。
「なに?どした?」と状況を理解していない焦った声に「…充電、切れてる」と漏らす。
冬が近づいて、夕方でも街灯がなければほぼ暗闇で。
なんとか手探りでリビングのソファの背もたれを探し当てて、2人並んで座る。
最近ずっとギクシャクしていたせいで、お互いの顔が見えないと何をどう話していいか分からず沈黙が続く。
隣で、小さく肩が震えたのが分かった。
自分の黒い上着を脱いで、見えないながらも手探りでなんとか肩にかけてやる。
再び続く沈黙に耐え切れなくなったのか、隣で努めて明るく振る舞った声が聞こえた。
ははは、と空元気を装って笑う。
途端に、また大きな雷鳴が響いた。
素っ頓狂な声に俺も驚いてビクリと肩が揺れる。
急に年齢で線を引かれているような気がして、少しだけ腹が立った。
確かに、自分でも子供じみた態度を取ってしまうことが度々あることは自覚しているけど、こいつにはそう思われたくないという勝手な矛盾もあって。
相手が言いかけて、再び雷鳴が響いた。
近いのか、さっきよりも大きな音で。
怖いのか、隣で肩を震わせて息を呑む気配が伝わる。
鳴り止まない雷を背に、こいつの腕を引き寄せた。
抱きしめるような形で、相手の耳を両手で塞ぐ。
聞こえないように。
怖がって震えてしまわないように。
雷光が差し込んで、お互いの顔が暗がりの中でも分かった。
顔を上げて俺を見る瞳が思った以上に近くて一瞬固まる。
耳を塞いだ指先から、相手の体温が伝わる。
(あ、…やばい)
唐突に、あの夢を思い出した。
ソファで2人きりなんて、まさに夢と同じシチュエーションで。
でも、夢とは違って、相手の体温や息遣いを肌でハッキリと感じて。
こいつはただ暗闇に怖がっているだけなのに、俺だけがあの夢と似た状況に変に意識してしまう。
触れる距離に、いる。
(落ち着け、)
俺ってこんなに小さい理性しか持ち合わせていなかったのかと自分自身で落胆する。
相手に気付かれないように小さくため息をついて項垂れると、俯いたことで自分の唇が相手の前髪に触れた。
前髪に触れただけなのに、心臓が大きく跳ねる。
…あの夢では、何度もキスをした。
耳、首、鎖骨、唇。何度も。
繰り返し。何度も。
それなのに現実では、一瞬髪に触れただけで動揺して。
暗闇で微笑む息遣いを感じる。
思わず、両耳を塞いでいた手を動かして、撫でるように髪に触れた。
出来るだけ、優しく。
こいつが不安な時、“誰か”じゃなく、いつだって俺が安心させてやれたら。
俺だけが、こいつに触れることが出来たなら。
髪を撫でていた指先をゆっくり伝うように移動させて、そのまま頬を包み込む。
親指が、相手の下唇に触れた。
柔らかい感触に、抑えている感情が溢れてきて、たまらなくなる。
触れたい。
もっと。
こんなんじゃ足りない。
自分の顔を傾けて、おもむろに相手の唇に近付こうとした瞬間。
パッと部屋が明るさを取り戻した。
ホッとしたような呟く声。
突然の明るさが眩しくて顔を顰めた。
それと同時に、今自分がしようとした事を瞬時に思い出して、熱くなる顔を隠すように勢いよくソファから立ち上がる。
今、なにしようとした、俺。
そのまま顔も見ずに出て行こうとする俺を引き止める声が聞こえたけど、相手の顔を見れなくて振り返ることは出来なかった。
背を向けたままドアの前で一度立ち止まって、それだけを口にするのが精一杯だった。
あのタイミングで電気がついて良かった。
じゃないと、相手の意思も確認せずに勝手な事をしてしまうところだった。
こういう態度だからガキ扱いされんだよ…と内心悪態をつく。
大きなため息をひとつ。
いつの間にか、雨は止んでいた。
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編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!