第14話

鼓動を待つ魚。 Ⅻ
12
2026/04/18 23:34 更新
「え、何してるんですか。」

 二月。バレンタインの広告が並ぶ頃、私はいつものように文芸部室でだらだら過ごそうと扉を開けた。

 所々散らかっていつつも、どこか心地よかった部室は姿を変え、部屋にあるものが段ボールの中に詰め込まれる最中だった。

 私の声に振り向いた彼が微かに笑って答える。

「片付け。文芸部はもう禁止されたからね。」

 禁止、という言葉に驚き、呆気に取られていると、彼の後ろから声がした。
 セミロングの茶髪を緩く巻いた女の人。制服をゆるく着崩している。卒業、という言葉で先輩だとわかった。

「やるねえ、後輩を連れてくるだなんて。」

 にやり、という言葉が似合う笑みを浮かべ、女の先輩は彼を見ている。
 彼はふ、と微笑し、早く片付けしてくださいよ、とかわした。

「四宮さんだっけ? 私、廣瀬翠。今は三年で、最近受験が終わったから文芸部に顔を出しにきたんだ。」

 でも戻ってきたら部は廃部だし困ったものだよね〜と、廣瀬先輩は苦笑いした。
 私は突然の事に言葉が出てこず、狼狽えるばかりだ。そして、廣瀬翠という名前に聞き覚えがあった。

 星の羽化。未完の冬を執筆した、彼の先輩。
 ああ、この人があれを書いたのか、と思った。
 そして、あの文章の繊細な絶望や苦しさは、この賑やかそうな人が書いたものだとは到底思えなかった。


「四宮真紘です。よろしくお願いします。」

「よろしくね〜。後輩が増えて嬉しいよ、まあ、今日で終わりなんだけどさ。」

 相変わらず苦笑した廣瀬先輩は、困った世の中だよねえ、と言いながら段ボールに部誌を詰めている。
 何も返す言葉がなく、私は黙ったまま、その場を動けない。
 何より、あまりにも平然としている二人の事もわからない。私なんかより、よっぽどこの場所が大切だった人たちのはずなのに。

「文芸部の活動は禁止されたからね。片付けしてるよ。」

 私の様子をみてか、彼はそう言った。悲しそうに笑う人だな、と思った。この瞳を見ていると、無性に泣きたくなってしまう。
 文芸部のこと、連絡を切った友人のこと、奪われていくこれからのこと。

「四宮ちゃんは小説書いてたの? 」

 ファイルの中身をペラペラと見ている廣瀬先輩がこちらを振り返る。やはり朗らかに笑うその顔の、瞳だけは哀しみを湛えているように見えた。

「部誌に寄稿しようかと思ってたのが少しだけ、あります。」

 彼はそれを聞いて少し驚いたように目を開き、すぐに目を伏せた。

「それ、どうする? 」

 質問の意味がわからず、私はえ、と呟いた。まだ最後まで書けてないです、と小さく言ったものの、彼女の求める答えではなかったらしい。
 助けを求めるように彼の方を向くと、薄い瞳と目が合った。
 切れ長の目がす、と細められ、自嘲気味に笑いながら彼は言う。
 
「僕らは燃やそうとしてるんだけど、どうする? 」



 

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