親父の、その叫び声で俺は飛び起きた
咄嗟に時計を見れば、いつもお袋と親父が口論している時間
俺はその事実に頭が真っ白になった
壁を突き抜けてその言葉は俺の耳に強く響く
同時に、体から力が恐ろしいほどに抜けて、動けなくなった
なのに、両親は止まることなんてない
俺が「嫌」を溜め息として吐き出すのと同じで、
両親は「嫌」を声にして吐き出し、ぶつけ続ける
その瞬間、ドンっ、という鈍い音が耳を貫いた
どうやら、親父の衝動でお袋が転んだらしく
その瞬間、俺の耳に色々な音が突き刺さった
皿が割れる、パリンという高い音
ドン、ダンっ、と何かがぶつかり続ける音
両親の痛い怒号
呼吸がままならない
呼吸が続かない
音が怖い
怒号が、鈍い音が、高い音が、
全部怖い
水が恐怖で頬を伝い続ける
伝って、また息が苦しくなって、
呼吸ができないことによる生理的な涙が流れて
それに対しての恐怖でまた涙が流れる
何もできない
何も変えられない
俺だって、原因の一部なのに
なんて、無力なんだろう
俺の声なんて、届かない
届くはずなんて、ない
あんな怒号の中で、声が出せるわけがない
「嫌」が吐き出せるわけがない
呼吸もしづらい
もう嫌
苦しい
辛い
ごめんなさい……っ
目が、覚めた
目が覚めて、自分が眠っていたことに気がついた
……いや、違う
呼吸できなくて、苦しくて、耐えられなくて
多分……そのまま気絶したんだ
その時の音で、両親に気が付かれたんだ
俺は、どうしようか迷った
今寝かせられてるのは自室のベッド
両親は目の前にいる
喧嘩はもうやめてくれ、なんて言うのは今しかない
だから、言おうと思った
言おうと思って、スッと息を吸った
でも、俺はそこで事実が蘇って頭を横切った
それで、俺は少しだけ笑った
大丈夫なわけがない
もう、耐えきれない
部活なんてもう高校入って一回も行ってない
入ってるだけで、不登校で行けてない
でも、俺が早退した事実は伝えられてないから
嘘ついて誤魔化すしかない
俺に心配かけないで
そんな嘘塗れの笑顔で言わないで
頼むから、お願いだから
大丈夫じゃないから、もうやめてくれよ……っ
休む?こんな状態でできるわけがない
学校最近また通い始めたのに、それに対してなんの疑問も心配も抱かれない
優しく接してるようで全然冷たい対応は、
異様すぎてあまりにも気味が悪い
それでも、そんな本音を言えるはずがない
だから、「大丈夫」と「ありがとう」に隠す
ここは、昨日も、今日も、そして明日も戦争だ
いつ自分の身が危険に晒されるのかなんてわかんない
いつも危険と隣り合わせ
だからこそ、失敗してはいけない
たまにする会話ぐらい、まともじゃなければいけない
「嫌」を吐いても、状況は何も変わらないのだ
結局、家族全員が声で「嫌」を吐くという状況になってしまうのだから
何も、変えることなんて、できないのだから
諦めるのが、一番、だから……っ、
両親が自室から去る
同時に、俺の頬には再度水が伝った
大人ぶった幼稚な思考回路
そんな思考回路で考えた、
戦争で生き残るための作戦
そんな作戦もまた、嘘に塗れていて
嘘に塗れた作戦は、俺の中の正義として成り立ってしまった
そんな汚い汚れた事実が、
信じられないぐらい馬鹿馬鹿しくて、
思わず涙と笑いが込み上げてくる
親は、なんであんな虚像を見せるのか
不思議でしょうがなかった
それとも、まだ俺が知らないとでも思ってるのだろうか
それなら、両親は正真正銘の馬鹿なんだろう
中学の頃からずーっと、その話題ばっかなんだから
俺は、知ってる
自分は無関係だって思い込んで耐えていただけで、
自分が悪化させた原因だなんて、わかってる
両親が離婚する時、どっちに押し付けるかで揉めてることだって
俺は、中学の頃から、四年前から、ずーっと知ってる
だから、どれだけ親父の仕事に対してお袋が「嫌」を吐いても
どれだけお袋のパートと家事に対して親父が「嫌」を吐いても
うちの両親は永遠に離婚しない
全部、全部俺が悪い
俺が、いなけりゃ、もうちょっといい方向に進んでたかもしれねぇのに
今日は炎天下だったはずだったのに
日が暮れた夜は、酷く冷たく感じた
また、今日も俺は
相変わらず涙を流す
それが、息苦しさによる生理的なものなのか
または、生き苦しさによる精神的なものなのか
俺にはわからない












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!