朝のやわらかな光がキッチンに差し込み、かすかに赤ちゃんの笑い声が響いた。
「……りゅーせー、そっちはあかん!」
和也の声に反応して、流星がくるりと振り向き、にかっと笑う。
食器棚の下から引っ張り出したタッパーをカンカンと叩いて遊んでいた。
「やれやれ……」
和也はあきれたように笑って、流星を抱き上げ、その頬をそっと撫でた。
「元気やなあ、ほんま。なあ、流星」
リビングでは、兄弟たちのいつもの朝が流れていた。
駿佑と恭平がテレビに夢中になって笑い転げ、大吾が静かに勉強を進めながらそれを見守っている。
謙杜も、まだ少し照れたような顔をしながら、食卓の準備を手伝っていた。
だが――その場に丈一郎の姿はなかった。
「丈にぃ、朝ごはん食べずに行ったん?」
謙杜がふと尋ねると、大吾が新聞から目を上げて答えた。
「うん。今週は夜勤続きやから、早めに出たらしい」
謙杜は少しだけ口をつぐみ、手元の箸をじっと見つめる。
その足元に、よちよちと流星が寄ってきて、小さな手で服の裾を引っぱった。
「……丈にぃのこと、好きなんやな」
謙杜はそう言って、そっと流星を抱き上げた。
和也がふと、穏やかな声で言う。
「丈にぃ、ほんまは不安なんやと思う。全部背負って、誰よりもしんどいのに、それを誰にも言わんと笑うからな」
「確かに、そういうとこ……前は正直、ムカついてた」
謙杜はぽつりと言いながら、流星の背中を優しくぽんぽんと叩いた。
「でもさ。最近思うんよ。言葉にせんでも、流星みたいなちっちゃい子が“わかる”くらいやねん。それって、すごいことやなって」
流星は、謙杜の胸に安心しきったように体を預け、眠たげに目をこすっていた。
「この子な、たぶん両親のことは覚えてへん。でも……丈にぃのことは、ずっと忘れんと思う」
大吾の言葉に、空気が少しだけ静かになる。
丈一郎の“背中”を、一番小さな流星が、ちゃんと見ていたのだ。
その夜、仕事を終えた丈一郎は、そっと玄関の扉を開け、音を立てないように靴を脱いだ。
リビングの灯りを頼りに入ると、ソファに流星がすやすやと眠っていて、その隣で大吾が本を抱えたまま、うたた寝していた。
「……ここで寝たら風邪ひくっての」
丈一郎は小さく笑って、流星をそっと抱き上げた。
あたたかくてやわらかい、小さな命。その重みが、心にじんと沁みる。
そのとき、和也が部屋の奥から顔を出した。
「あ、丈にぃ。おかえり。今日な、流星が“じょ”って言うてんで」
「“じょ”? ……それ、丈一郎の“じょ”ちゃうか?」
「かもしれんな」
和也が笑うと、丈にぃも照れくさそうに眉を下げた。
「でもな……その“じょ”って呼ばれる前に倒れたら意味ないで」
そのひとことに、丈一郎は一瞬だけ黙り込んだ。
「そんな、俺……そんなに限界っぽい?」
「うん。見たらわかる。ていうか、感じる。丈にぃの足音が聞こえん家は、やっぱり寂しいねん。流星だけやない。みんな……丈にぃが大好きやで」
静かにそう言われて、丈一郎は流星の寝顔を見つめた。
「……俺、ちょっとだけ、弱音吐いてもええ?」
「ええよ。誰がなんと言おうと、丈にぃは家族や。俺らの兄貴や。でも、ひとりやない」
じょうにぃは流星をそっと抱き直し、赤ちゃんのふわふわの髪に頬を寄せた。
「……俺、守りたいんや。みんなを、ずっと」
その声は、夜の静けさの中で、しっかりと和也の胸に届いていた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!