翌日
朝、グレーテと住居人の昼食の準備をしていると何か焦っている様子でオリヴィアさんがやってきた。
メイドの朝は早く、起きて早々の忙しさ。昼でさえ、休む暇は無い。
現在のメイドの人数は5人。住居人の人数を考えればとてもじゃないが、やってられないくらいに仕事がある。
それでも、にっこりと笑顔を向け承知する。
そう言ってリストと費用を渡し、急ぎ足で別の部屋に向かって行った。
潜入中とは言え、この仕事量を1ヶ月1人で行っていたオリヴィアさんは素直に凄いと思える。
掃除が行き渡っていないにしても、最低限の場所は掃除がされていた。
カランッ
用意した料理を皿に盛り付け、ワゴンに乗せる。
男性が苦手な彼女に若干の不安は残るが、本人の目が訴えているから大丈夫だろうと、厨房のテーブルに置かれたカゴを持って屋敷を後にした。
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バスから街へ行くのに1時間はかかるため、その1時間の間にリストと費用を確認した。
街に着いたのは午後一時頃。店は開いているところが多く、人も賑わっている。
塩、胡椒、砂糖、シナモンなどが多めに感じられる。
館に人は少ない。にしては、購入量が多い。
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昨夜、クラウスに化けたグレーテが言っていた言葉を思い出しながら、壁の向こう側にいる男達の声を盗聴する。
ウーヴェ氏が、味覚障害を患っている可能性……。
カゴの中にリストに書かれている物を入れ、レジの方へ向かう。
スタッ
そのほかにも店を全て周り、食料以外の必要なものを揃えた。
重い荷物を手に持ちバス停の方に向かう。現在の時刻は午後の2時。
ここから帰ったらもう4時である。
バス停のベンチに今朝の朝刊が置かれていた。来るまでの待ち時間、座ってそれを読んでいると、ある見出しが目に付いた。
主な内容は、ギャングによる人身売買。密輸も絡んでいたらしく、至る所から銃やライフルが見つかっている。
そして何より、この街の山奥に住んでいる政治家__ウーヴェ氏を狙っていたと聞く。
5分後、待っていたバスが到着し、それに乗り帰宅した。
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ウーヴェ氏が帰宅したのは日が暮れ始めた頃。
庭から老人の罵声が響いてきた。
年は五十八。だが、それを感じさせないほどの力強い怒号だ。
オリヴィアさんに呼び出されて、私たち4人は玄関の前で主人を出迎えた。
「「「「「おかえりなさいませ、ご主人様」」」」」
運転手を雇わないウーヴェは自ら車を運転している。屋敷の隣に車をつけると、不機嫌さを丸出しに玄関まで歩いてきた。
彼は何故か途中、訝しそうに目を細めた。10mほど距離をとって、立ち止まった。
そうオリヴィアさんが笑いかける。
ウーヴェの言いようにリリィの眉がピクついている。気持ちは分からなくもない。
ウーヴェ氏の目の焦点も合ってないように見られる。
私はそう思いながら、3人に続いて偽の経歴を語り、自己紹介を済ませた。
ウーヴェは顎でしゃくった。
そう言うウーヴェ氏に、オリヴィアはため息をつき、玄関から消えた。
次に戻ってきた時には、小銃を手に持っていた。
全長1mの軍用銃だ。
何となく、嫌な予感がした。
持ってきた銃を、ウーヴェは厳格な面持ちで受け取り、コッキングを済ませる。
リリィ達がそれを見つめていると、ウーヴェはかっと目を見開いて、小銃を向けてきた。
突然の怒号に私は耳を塞ぐ。
ジビアたちは目を丸くして、後ろにのけぞり、そのまま尻もちをついた。
リリィは目を白黒させながらゆっくり立ち上がった。
政治家が命を狙われるなんて、珍しくもなんともない。よくある話だ。
防衛するのであれば銃の1つや2つあってもいいだろう。
随分と過激な老人である。
だが、政治家とは言え、自ら撃ち殺すのは市民の反感を買うようなものだ。
良いとは言えない。
ウーヴェは銃口をくいっと持ち上げた。
雇用試験なのか、強い命令口調だ。
ウーヴェの言われるがままにジビアは台所に向かう。
私達もウーヴェと共に食堂に向かい、ジビアが料理を作り終えるのを待った。
ウーヴェはその間、小銃をテーブルの脇に置いて、椅子に座って待っていた。
頭に浮かんだのは、夜盲症__鳥目とも言われる病。
しばらく待っているとジビアが食堂に料理を持って運んできた。
コトッ
と、ポトフを彼の前に置いた。
コンソメの香りが部屋中に漂い、『グウウゥ』と、リリィのお腹が鳴った。
顔を赤くしている。
彼は1口ポトフを口に含むと、椅子をふっ飛ばして立ち上がった。
怒鳴り声がキーンと頭に響くのを感じながら、それを悟られまいと表情を保つ。
耳鳴りがうるさくて何を言っているのか分からない。体が固まっていること、それから__
人の反感ヲタ買ってしまいそうな人間であることがよくわかった。
__その日から、メイド業は地獄と化す。1日目の平和さが嘘のように。
と、不満を見つけてはとにかく怒鳴りつける。
洗剤の使いすぎ、料理の作りすぎ、水道の使いすぎ__しつこくメイドに注意をしてくるのだ。
しかも、屋敷には訪問客が多い。
よく官僚や政治家が訪れて、ウーヴェに予算や支出の相談を持ちかける。
ウーヴェの担当は福祉関係だったはずだが、訪問客は総務省、交通省、陸軍省と垣根がない。ウーヴェは計画書に目を通すと、不要な予算枠や業者の不合理な見積もりを指摘していた。
笑顔を浮かべて訪問客にお茶を出す。
訪問客の出迎えや送り迎え、お茶出しは全てメイドの仕事だ。
メイドの人数が少ない分、私たちが分刻みで対応しなくてはならない。
ガチャンッ
対応が終わったあと、ウーヴェのいる部屋からガラスが割れるような音が部屋の奥から聞こえてくる。
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やっぱりだ。
これだけ忙しくなってくると、ミスが出始めるのはリリィだ。
元々ドジであるため問題は無い。その際はジビアがサポートに回ればいいのだが__。
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客が全員帰ったあとの掃除を行っていると、そんな会話が聞こえて来ていた。
ジビアはグレーテを頼るだろうけど.........おそらく、折が合わない。
掃除道具を持って廊下の方に出る。
さっさと掃除を済ませ、グレーテの元に行くとしよう。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。