ある大きめのゲームセンター。
そこは、普通の人間はあまり寄り付かない。
出入り口にはあからさまにヤバい警備員もいるし、その扉だって厳重だ。
およそゲームセンターとは言えない仄暗い雰囲気を纏っていて、明かりこそ目が眩む程眩しいのがまた気味が悪い。
そして、その中に入った少女も、およそこの場に不釣り合いな少女だ。
保育園児らしい背丈と小さな矮躯。
周りの大人も気になるのか、チラチラと少女、ヒカルに視線を送っている。
しかし当の本人はそんなの気にしない。
キョロキョロと辺りを見回し見渡している。
それだけでも異様だと言うのに、ヒカルはどんどん奥へ進む。
奥にはゲームセンターらしい機械は少なく、カジノのようだ。
そして、その一角。
黄色いパーカーに黒いベストという目立つ服装。
ヒカルは賭に駆け寄る。
賭は自分の座っている席の隣を指差す。
このゲームセンターはそれなりに混んでいるというのに、賭の周りだけはまるで避けられているように人がいない。
ヒカルは仕方なく賭の隣の席に座る。
賭はトランプのカードをヒラヒラさせながら頬杖をついている。
ヒカルは周りにいる、ヒカルと賭を取り囲むように見ている人々に目を向ける。
最早取り巻きというか、群衆というか、聴衆というか。
すっかりここに来た理由を忘れてヒカルと賭を見ている。
賭はニヤリと笑みを浮かべる。
楽しげで愉しげだが、やはりどこかいやらしいというか、嘲笑っているようだ。
賭がチラリと群衆に目線を向けると、皆一様に目を逸らす。
こんな場所でここまで恐れられることなんて容易に想像がつく。
周りに人がいるというのに、サラッと言った。
いきなり何を言うのだろう。
仮にもここはゲームセンター、公共の場だというのに。
賭の言葉に、ヒカルは周りの人を見るが、確かに驚いている様子の人はいない。
仮に驚いているとしても、「あんな小さな奴が」と言っているくらいだ。
賭がポケットから黒いパスポートを取り出す。
ヒカルが見た事のあるパスポートではない。
何だか細かい模様があって、どことなく違和感がある。
ありえん額が飛び出してきた。
賭はそのありえん額のパスポートをしまう。
見れば、周りの人は萎縮してしまっていて、人がはけてきている。
この店は今日は赤字だろう。
ヒカルは少しだけ同情しながら賭に向き直る。
賭は先を促す。
何の用か、賭ならある程度の察しはついているだろう。
流石にヒカルもそれくらいわかる。
ヒカルは今試されているのだ。
頼み方、持ち出し方、条件、態度、見返り、交渉術、話術、理由、動機、進め方、適応力、順応力、機転、洞察力、その全て。
分かって言っているだろう。
しかしそれを言う程の悪手は他に無い。
ヒカルは言い切る。
違うのだ。
今までとは、何もかも違う。
ヒカルは怒鳴るように言い、テーブルを叩く。
賭はそう言うヒカルを見て、長いため息を吐いた。
まるで授業だ。
何を考えているのか。
ヒカルには皆目見当もつかない。
当然だ。
賭は何故か上機嫌になった。
そして片手で頬杖をつきながら、自分のハンマーを取り出す。
ヒカルのハンマーとは違うハンマー。
インドの伝統的な菓子と比べられた。
見た目が成人していると思えない賭がビールと言うと、未成年飲酒を目の当たりにしている気分になる。
というか、この青年は成人しているのだろうか。
ついどうでもいい事が気になってしまう。
前にもこんな会話があった気がする。
どうやら賭はその人のことがかなり好きらしい。
この男をここまでゾッコンにさせるとは、一体どんな人間なのだろう。
ヒカルは頭を抱える。
かなり最終手段の切り札のつもりだったのだが、一蹴されてしまった。
呆れた様子でハンマーを弄ぶ。
ヒカルは思わず黙ってしまう。
人でなしは情報を渡すくらいなら死ぬ、と以前聞いた。
死なずに情報を渡してくれる対価。
そんな対価を、代価を、単なる子供であるヒカルに支払えるだろうか。
賭は相変わらずハンマーを手にして遊んでいる。
最早さっきの発言は苦し紛れだ。
ギャンブルで戦うことも考えた。
賭の情報を賭けの報酬にしてゲームをするのも1種の手だが、賭に勝てるとも思えない。
この男は戦い方を教える時は手加減するが、賭け事になると手加減しなくなる。
保育園児が相手でも容赦しないし、ボッコボコにしてくる。
いっそ好きな人でも探そうか。
賭の話に度々出てくるその好きな人を見付け、その人に説得してもらうとか。
そんなことすら頭をよぎる。
好きな人。
好きな人と言うが。
恋人と言ったことはない。
凄まれたし睨まれた。
もしや地雷だったのだろうか。
それか何か、片思いで満足とか、子供に口出しされる覚えは無いとか、そんな感じだろうか。
眉をひそめ訝しげな表情をしながらも、怒っている様子は無い。
ただ少し不機嫌なだけのようだ。
怒っている時の賭は正直手が付けられないし、怒っている時は近付きたくない。
荒ぶる鬼神というか、なんと言うか。
ヒカルは初めて見た時はドン引きしたものだ。
その日の気分で生きてる人間はこんなもんだよ、と言っていたが、皆あぁだったらヒカルは大人になった時生きられる自信が無い。
賭は何か考えている。
ヒカルは肩を落とす。
賭はハンマーをしまう。
ヒカルの動きが止まる。
あっけらかんと言う。
本当に好きなのだろうか。
賭は手を動かして否定する。
つまりそれは、その人と結ばれるのは、決して安いことではない、重大なこと、ということだろうか。
曲を再生しようとスマホを取り出す賭を止めながら、ヒカルは近くにいる人達を見ている。
近くにいる大人達は驚愕の表情、というよりは恐怖を感じている表情をしている。
ヒカルは椅子から降りる。
賭が何かに気が付いて黙る。
賭はにやり、と今まで以上に楽しげな表情を浮かべる。
これまでにない程の邪悪な笑み。
情報屋はバス停に備え付けられているベンチに座る。
陽一は情報屋の傍に立っている。
陽一はこてんと首を傾げ、情報屋はニコニコとしている。
ここまで全て読まれていたのかと錯覚してしまう。
ライオンはおずおずと、しかし確かな声色で言う。
先程の夢との会話を思い浮かべながら。
マドカが挙手をして言い放つ。
夢は言っていた。
愛菜は強かったと。
そして自分もそれくらいは強いと。
そして、その強さこそが、情報屋への取り引きにおいて重要なものになると。
マドカがイキイキとしている。
情報屋は陽一に目配せする。
陽一は頷く。
瞬間、ハヤテの首筋にひたりと何かが触れた。
陽一が以前見せた、恐怖伝染。
それの針の先が、首筋に当たっている。
陽一は情報屋の方をチラリと見て、そしてハヤテの首を見る。
情報屋は依然ニコニコとしている。
これくらいは想定内なのかもしれない。
しかしここで退くこともできない。
ヒカルのハンマーを思い出す。
確かにアレを持っていたら結構怖い。
しかしハヤテ達は武器なんて持っていない。
陽一はほんの少しその手をハヤテから離し、そして近くのバス停の標識のポールに近付ける。
そして回転させる。
本当にハンドスピナーのようだ。
その大量の針1本1本の先が赤くなる。
打たれた鉄のような赤みを帯び、キキキ、と嫌な音を立てる。
うっとりしたような恍惚の表情を浮かべている。
ハヤテは上半身を捻りその武器から距離を取ろうとする。
そしてその勢いで陽一から離れる。
しかし、ハヤテがナイフを取り出そうと上着の内側に手を伸ばした時、その手を掴まれた。
ハヤテの手に激痛が走る。
結構痛いなんてレベルではない。
ハヤテは痛む手を見る。
あの回転式の武器は、どうやら想像以上にえぐいらしい。
痛む箇所が赤くなっているが、血液が出ていない。
火傷になっているようで、ジクジクと痛む。
陽一は力強く首を横に振る。
マドカの肩に手を置かれる。
マリアが陽一に微笑みかける。
陽一は少しだけ嬉しそうに言う。
陽一はハヤテから離れ、マリアの元へと歩き始める。
情報屋は未だに余裕そうにベンチに座っている。
情報屋はあいも変わらず笑顔だ。
と言いつつ怖がっているようには見えない。
マリアは串を取り出し、静かに陽一に向ける。
陽一は器用に両手で手を叩く。
パチパチパチ、と乾いた音が響く。
マリアは串を両手に持つ。
ハヤテがナイフを向ける。
情報屋は少し困ったように言う。
マドカが銃を構える。
致し方なく、ライオンも刀を抜く。
不意に、物陰から、ハンマーが飛んできた。
それは陽一の頬を掠める。
そしてそのまま、地面に凄い勢いで激突し、その着地地点は大きく凹む。
そしてハンマーの飛んできた物陰から青年が出てくる。
黄色いパーカー、黒いベスト。
青年の背は低いものの、ギラギラとした瞳がただの青年ではないことを伝えている。
楽しそうに、愉しそうに、嘲るように、嘲笑うように、賭は笑みを浮かべている。
ヒカルも物陰から出てくる。
やけに上機嫌だ。
情報屋が目を細める。
陽一も賭をじっと見ている。
殺しの時点でテレビだったら放送禁止である。
高らかに言い放つ。
ヒカルの持っているハンマーそっくりなハンマー。
ヒカルと一緒にいるのを見るに。
ヒカルはマリアに駆け寄る。
マリアは少し面食らった表情になるが、すぐに笑顔となる。
ヒカルも笑顔になる。
陽一はいつの間にか情報屋の後ろに移動している。
やはりとんでもない速度だ。
賭は指を鳴らす。
パチン、と音が鳴ると共に、地面に着地、否、着弾していたハンマーが消える。
そして賭の手元にハンマーが出現する。
陽一は渋々恐怖伝染をしまう。
あんな熱そうなものを服の中にしまうというのは中々勇気がいりそうだが、陽一はそうでもないようだ。
陽一は何も言わずにマリアを見る。
マリアは笑顔で陽一から視線を逸らす。
何やら険悪そうな雰囲気だ。
2人の間にバチバチと電気が見える。
マリアが串をしまい両手を上げる。
喜びを表しているらしい。
情報屋が少し慌てて訂正する。
陽一はマリアのことをかなり気に入っているようだ。
「否定」症候群なのに肯定ばかりしている。
賭はハンマーをストラップのサイズにする。
マドカがその場に座り込む。
ハヤテもどかっとその場に座り胡座をかく。
ここは一応人も通る場所だが、今の時間帯なら人も来ない。
なので堂々と座る。
ゾーヤも情報屋の座っているベンチに最大限距離を取りながら座る。
情報屋はないない、と首と手を横に振る。
情報屋が後ろに佇んでいる陽一を見る。
冗談や冗句ではないらしい。
情報屋が立ち上がる。
マドカはマリアとヒカルを交互に見る。
賭が欠伸をして情報屋達に背を向ける。
振り向きヒカルを指差す。
ハヤテが即座にバックステップで距離を取るが、賭はケラケラと笑うだけだ。
賭はそれだけ言うとさっさとどこかへ行ってしまった。
マリアが心配そうにヒカルの顔を覗き込む。
情報屋ほ興味深いそうに聞いてくる。
ヒカルは少し言いに来そうに口篭り、やっと口を開く。

















































編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。