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第1話

ユキノとエイタ
47
2021/01/24 23:29
ある所にある如月神社には1本の立派な桜の木があります
その近くには2つほど小さい墓がありそれはこの神社の2人の女性のものでした
今日もその墓に花を添える一人の男がいます
男は花をそれぞれに添え
「母さんそちらでは待ち人に会えましたか?こちらはもうこの桜が満開になります…そちらでは父さんとその人と共に幸せを掴んでください」と手を合わせています
そして男はもうひとつの墓にも手を合わせます
「サクラ、早いものでサクラが死んでから3年も経つんだな…この前アイツがここに顔を出したよ、それこそ怒りが込み上げてきたがここでアイツを責めてもサクラは帰ってこないんだよな…とりあえず手紙は渡しておいたすごく後悔していたよ…サクラ、生まれ変わったなら幸せになれるといいな、次は苦しい思いしないといいな」
2つの墓はこの男の母と娘のもの
母もまた辛い恋をして娘もまた辛い恋をしていたのです
これはその2人の物語



少し昔の話です
如月神社という神社にキサラギ・ユキノは生まれました
髪は綺麗な漆黒でとても綺麗な顔立ちをきていたので両親はこの子は将来べっぴんさんになると思い育てました
ユキノが6歳の頃のある日
境内の桜が満開の下を母親と一緒に掃除していたところを同じくらいの男の子が家族に連れられ見ていました
「ユキノそろそろお客さんがくるから帰ろうね」
「はーい!」
ユキノがニコニコして帰ろうとした所に丁度風が吹き桜の花びらが舞いました
それを見た男の子は次の瞬間にはユキノがいないことに気づきました
「桜が女の子つれてっちゃった…」
「はぁ?何言ってんだよおまえ」
「だってあそこに女の子いたのに、桜が舞ったら消えちゃった」
「はいはいエイタ行きましょうねキサラギさんが待ってますよ」
エイタと呼ばれた男の子は母親に手を引かれ神社の応接間に入っていきました
エイタが丁度退屈そうにしていたところに
神主と巫女と幼い兄妹が入ってきました
「いやはやトラダさんお待たせしました」
「いいえ、今来たとこですこちら今回の奉納分です」
「わざわざありがとうございます」
親同士が話している中エイタは兄妹の方を見ていました
すると何か思い出したかのようにユキノを指さして言いました
「き、君さっきの!桜に連れてかれたのかと思った、よかった」
当のユキノはきょとんとして答えました
「さくら?つれてく?」
「さっき桜の下にいたと思ったら急に消えたから」
「桜につれてかれてなんかないよ私」
2人のそんな会話を聞いた家族達は笑い出してしまいました
「はは、面白いご子息のようですな」
「お恥ずかしい限りです…エイタ、ユキノちゃんに謝りなさい」
「え、あ、ごめん変なこと言って」
「別に気にしてないですよ」
「はは、見るからに同じくらいの歳のようですしいい友達になるでしょうな、なぁユキノ」
「はい!キサラギ・ユキノですよろしくエイタさん」
ユキノはお行儀よく頭を下げました
それに対してエイタは慌てて頭を下げて
「こ、こちらこそよろしくユキノさん」
「ユキノでいいですよ」
「じゃあ僕はエイタでいいよ」
これが後にユキノの人生に大きく影響していくエイタとの出会いでした

さてそれからというものユキノとエイタはすぐに仲良くなりました
エイタはユキノに対してよく
(綺麗な子だなぁこういう子をべっぴんさんって言うんだろうなぁ)
と思っていましたので、ユキノの誕生日が近づくと自分の父親と兄を説得して髪結紐の作り方を教えてもらい赤の髪結紐をユキノに手渡したのでした
ユキノは目を輝かせて喜び毎日のようにほの紐で髪を結っていました

月日は流れていき
ユキノの両親は他界し16歳でユキノは実家の神社の巫女になりました
それに対してエイタは学生となり学校に通うようになりました
2人の容姿も代わり、ユキノはべっぴんさんというのが似合うほどの女性にエイタはたくましい男になっていったのです
「おいでユキノ髪を梳かしてやろう」
「はい兄さん」
「本当にユキノの髪は綺麗だなぁ、それにべっぴんさんに育って…こんなご時世だから早く嫁にいって身を固めてくれると嬉しいんだがな」
「兄さんそればっかり」
「両親が他界したからな、兄として妹には幸せになって欲しいんだ、何不自由なくな」
「はいはい、もう兄さんったら」
「はは、さて境内の掃除をしてきてくれるか」
「はーい」
ユキノは境内に向かい掃除を始めました
そこに学校帰りのエイタがやってきました
「今日も掃除かよ精が出るなユキノ」
「掃除が私の仕事だから、それより聞いたわよエイタまた店番サボってたんだって?」
「いいだろ別に」
「よくないよおばさんが嘆いてたわよ」
「へえへえ、俺はいいんだよどうせ跡継ぎは兄貴だからなったくユキノも口うるさいたらありゃしねぇ、そんなんじゃ嫁の貰い手ないぞ」
「余計なお世話よ」
「まぁそん時は俺が貰うけどな」
エイタはボソッと言いました
「なんか言った?」
「べっつにー!なんでもねぇよ」
「もう、本当に色々と余計なんだから、さて戻らないと」
ユキノは戻っていきました
それを見送るとエイタはため息をつきながら
(あーぁ、本当にべっぴんさんになりやがって人の気も知らずに…)とおもうのでした


さてユキノが18になる頃のことです
「ユキノよかったそろそろなんだがここに下宿人がくる色々と頼んだからな」
「下宿人ですか?」
「ちょっと戦争で身寄りがというのでこっちに来させるのさ、良い奴だから心配はいらない」
「はぁ…」
桜が満開になる頃に如月神社に下宿人が来ることになったのです
一体なぜとか思いつつもユキノはまた境内の掃除をしておりました
桜が綺麗に咲いておりユキノは微笑んでいました
そして木を登って枝に腰かけていました
ユキノはよくこうして枝に登ってはゆっくりしてるのが好きなのです
そうやって当たりを見回しながら休息をとっていると
「すいません如月神社ってここであってますか?」
「え、あ…うわぁ!!」
急に声をかけられてバランスを崩したユキノは枝から落ちていきました
(まさか)
そう思い目を瞑ると「危ない!」という声がし落ちることなく受け止められていました
「大丈夫ですか」
「は、はい…」
ユキノは目を開けると真面目そうな男の人が袴をきてユキノを姫抱きするように受け止めていたのです
「急にお声かけしてすみません如月神社はこちらであっていますか」
男はユキノを下ろすと再び聞いてきました
「は、はい如月神社はここですが」
「失礼しました今日からここでお世話になるスエド・ダイスケといいますヤスハルさんはいらっしゃいますか?」
「兄なら家におりますが案内しますダイスケさん」
「助かりますお嬢さん」
スエド・ダイスケと名乗った男は真面目そうな一昔前の書生さんのような方でした
ユキノがダイスケの荷物を受け取り歩き出しましたらエイタがやって来ました
「ユキノ見たぞ今の枝から落ちるなんてな」
「見てたの!?酷い」
「まあまあカリカリすんなって、んで、その男は」
「す、スエド・ダイスケといいます明日からすぐ近くの学校に通う」
「俺と同じとこねぇ、俺エイタ、トラダ・エイタ仲良くしようぜ」
「よろしく」
「にしてもユキノ本当に鈍臭いのな、急に声掛けられたくらいで落ちるなよ」
「驚いただけだから!」
「へえへえふくれちゃってまあ」
「もういちいち酷いこと言うんだから失礼しちゃう、ダイスケさんこんな人ほっといて行きましょう兄が待ってますので」
「は、はぁ…」
「あれ、逃げんの?」
「うるさい!そろそろ帰ったらどうなの?」
「へえへえ、帰りますよってのったくうるさい女になったもんだ」
「聞こえてるわよ?」
ユキノはエイタを睨んではダイスケの荷物を預かり神社内に入っていきました

「はは声をかけられて驚いた末にダイスケくんに助けられるとは、ユキノそそっかしいにも程があるぞ、それにある意味いい出会いじゃないか」
「そんなに笑わなくていいじゃないですか兄さん、それよりお料理はお口に合いましたかダイスケさん」
「はい、とても美味しかったですお嬢さん」
「よかったなユキノ」
「はい、ぜひここでの生活が気に入ればいいのですけどねこんな時代です、あまりいい事は無いかもしれませんけどね」
「そうですね、ですがいい暮らしになると思います。お嬢さんはお優しいのでとても気が楽です、戦争中であることを忘れるくらい」
「あまりいい時代ではないからな、俺もユキノも出来ることは祈るだけだ、神社に関しては今は尊ばれているからか俺は徴兵されずにすんでいるがな…この神社の周辺から徴兵されていく若者も少なくはないからな」
「いつかはこの僕も…」
ヤスハルとダイスケは少しうつむきました
そしてユキノもそれを聞いていつか大好きな兄もこの下宿人も、エイタも戦地へ赴くことになるのかと思い暗い気持ちになりました
「そうなるとユキノが1人になるな、寂しくないようにユキノにも身を固めて欲しいと思う、どうだダイスケくん?」
「え…」
「に、兄さん!?」
「なんて冗談だ、ユキノには納得のいく嫁ぎ先にいってもらいたいからな」
「は、はぁ…」
「納得のいくさき…」
兄の冗談によりユキノは少し考えてしまいました、そしてふとエイタの顔が過ぎったのです
(ち、違う!あれじゃない!てかなんで今エイタの顔が浮かんだわけ…)
「ん?ユキノ顔少し赤いぞ」
「な、なんでもありません、ダイスケさんおかわりはいりますか?」
「お願いします」
ユキノは誤魔化しました
数時間後ダイスケは風呂に入っていましたらユキノが声をかけました
「着替え兄の袴の予備ですがこちらにおいておきますね、あと先程の兄の失言なのですが本気になさらないように、私にはまだ縁談なんて早いですから」
「そうですか、着替えありがとうございます。ですがその、お嬢さんはとてもお綺麗ですので縁談には困らないかと」
「そ、そんな…お綺麗だなんて初めて言われました、ダイスケさんはお優しいんですね」
「いえ、そうではなくて純粋にお綺麗だと思ったので」
「……そんなお褒めいただいてもなにもでませんよ、さて私はお先に、おやすみなさいダイスケさん」
「はい、おやすみなさいお嬢さん」

それからはエイタとダイスケはすぐに意気投合したのかよく2人で帰ってくることが多くなりました
「ただいま戻りましたお嬢さん」
「あらダイスケさんおかえりなさい」
「俺もいるぞっての、なにまた掃除かよユキノは」
「掃除も私の仕事なの!」
「最近はそうしてる姿しか見ないけどな、それにすぐそうやってぷりぷり怒る、そんなんじゃお嫁に行けないぞっての」
「こらエイタそれはお嬢さんに失礼じゃ」
「そうよ失礼よ」
「どうだかな、ま、そんときゃ俺が」
「なんか言った?」
「べっつにー!」
「俺がってなんだ?」
「なんでもねぇよ、それにしても今日もまた近所から出兵が出た俺も近々行くんだろな」
「それはなんか嫌だな」
「お、ユキノ俺いないと寂しいのかそうかそうか可愛い奴め」
エイタはユキノの顔を覗き込んでは頭をわしゃわしゃとし始めました
「違う!そうじゃなくて、エイタが戦地に行くのがなんか嫌なの」
「お嬢さんはお優しいんですね」
「ダイスケ、多分それは違うと思う、ま、行くんなら誰かと祝言くらいあげてーよな独り身のまま死にたくはねーわ、それに大切に思える相手にかんざしくらい渡したいし」
エイタはそういいながら空を眺めていました
男性かんざしを渡すことはユキノたちの住むところでは相手を愛すこと、相手への求婚でもありました
ユキノは何故かその相手が自分なら嫌だなとも思いました
この時期にそれは、彼の形見にもなりかねないのですから
「ユキノならどんなのもらいてーの?かんざしなら」
「私?そうね、桜がいい境内にあるし散りゆくから美しいというように儚い桜だけど必ずまた咲くから」
「ふーん」
「お嬢さんらしいです」
「ま、とりあえずだ行く前に俺はユキノの白無垢見て見たいかもな馬子にも衣装って言うために」
「はぁー!?無いわこの人、本当に意味わかんない」
「そう言うなって」
「本当にないぞエイタ、でも僕も見て見たいですお嬢さんの白無垢はさぞかしお綺麗でしょうね」
「ダイスケ顔赤いぞ、さてはおまえ」
「違う、断じてやましい事なんか」
「なんの事?」
「え、ユキノおまえ本当に鈍感?しゃあないな、鈍感なユキノだからわかんねーだろうからこう言っとくか、嫁の貰い手なかったら俺に言えよ?仕方なーく俺が貰ってやるからさ」
「なっ、からかわないでよね!」
バチン!と大きな音を立ててユキノはエイタを平手打ちしました
「痛いなー、んだよ親切に言ってやってんのに」
「それのどこか親切なんだエイタ、お嬢さんに失礼じゃ」
「失礼ね!もう知らない」
ユキノはそそくさと逃げていきました
「いってぇ…ま、さすがにないか今のは、
まぁ、俺にはユキノは似合わねぇよな…」
「エイタ?」
「んでもねぇよ、じゃあな」
「おう」
エイタは帰っていきました
残されたダイスケはというとエイタの言葉の意味を考えていました
恐らくですが、あの感じではエイタもユキノもお互いに関しては本当は恋愛対象として見ているのではないかと思われますが、
何故でしょうこの2人は一緒になれないかもしれないという予感もしていました
(見るからにお似合いの御二方なのですが…)

数日後のことことは大きく動きました
とうとうきてしまったのですエイタのもとに例の徴集礼状、赤紙が
その日の朝は変に曇り空でユキノは憂鬱になりながら早朝に花が満開に咲いている桜の木の様子を見ていました
すると重い表情でエイタがやってきました
その上軍服に身を包んでいました
「軍服なんてどうしたの」
「いや、来ちゃったからこれ」
「赤紙…おめでとうエイタ」
「お前に言われたくないなおめでとうなんて、今日の午後出兵なんだだから別れ言いに来た」
「そっか…」
「だから餞別、桜のかんざし」
「綺麗じゃん、でもさかんざしなんて」
「こう言えばいい?俺すごい今更だけどユキノと一緒になりたかった、いやなりたい」
「……なんで、なんでもっと早く言わないの」
「いい辛かったんだよこんな時だから」
「バカエイタ…」
「でもさ、俺結構ダメな所あるからもうここに戻ってこれる自信が無いんだそれもあったから言えなかった、でもユキノは特別だからせめてもと思ってな、だからこれで最後だからせめてユキノに思い伝えようと思ってな」
「………なんで帰ってこれない前提なの、それに、一方的に言って行っちゃうつもり?」
「だって、今更だろ?」
「確かにそうだけどさ、私…待てるよエイタの帰り、いや私待つから帰りを誰のものにもならないで、だから帰ってきて必ず」
「ユキノ…それは無理だろうなだから桜のかんざしにしたんだ『桜のように散るかもしれない俺だけど心はそばに』例え俺が死んだとしても心はそばにいる」
「だからなんで死ぬ前提なのよ!バカ…」
ユキノは泣きだしました
「ごめんな、こんな俺で」
エイタはというとユキノの頭の上に手を置いて優しく抱きしめていました
「あーぁ、行きたくねーよユキノといてぇよ、ずっとこうしてたい、ユキノごめんな」
「私もエイタに行って欲しくない、寂しい、行かないでよ、必ず帰ってきてよ」
「必ず…約束する、必ず帰る」
「なら私は待ってる、あなたを待ってるここでこの桜の木の下で待ってる例えあなたが帰って来れなかったとしても待ってる」
「うん…ユキノ愛してるからな」
「私も…だから帰って来て必ず」
エイタはユキノの額にキスを落としました
「じゃあな」
「うん…行ってらっしゃい」
エイタはその日の午後出発していきました
この2人のやり取りを兄ヤスハルとダイスケは遠くから見ていました
「やっぱりな…さてユキノが帰ってくるか
今日はそっとしておいてやろうか、なぁダイスケくん」
「はい…それにしてもお嬢さんお辛いでしょうね…」
「下手したらこれが最後の会話になりかねないからな、とりあえずはそっとしておこうそして支えてやってくれるか?ダイスケくん」
「できる限りは致しましょう」
「頼もしい限りだ」

しかし、この兄ヤスハルの言うようにこれがユキノとエイタの最後の会話になりました
当のユキノはまだその事を知りません
貰ったかんざしを握りしめてこういう思いを込めたのでした
『桜のように散るかもしれない俺だけど心はそばに』に対して
『私はあなたを待ちます例えあなたが帰ってこないとわかっていても』

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