前の話
一覧へ
次の話

第21話

knmc⌇幼馴染に左右のバランスがおかしいズボンの紐を直してもらうだけの話
192
2026/04/02 14:29 更新

春というと一番に思いつくのは桜でありたいと思う今日この頃ではあるけれど、やっぱり一番に私の頭に浮かんでくるのは花粉である。何かといえば私はとんでもない花粉症だから。
『今年は特にひどいよね〜』を言い続けて早17年が経とうとしている。こんなに大きくなってまでも苦しめられるなんて思っても見なかった。
こんなにも長い花粉との付き合いだからこそ、春にあるなんとなく眠いお昼時はたいてい花粉で目が疲れたせいであると思っている。

『…んあ〜』

この大きなあくびも、その一例に過ぎない。
春というのは無条件で日向ぼっこしながら昼寝したいものだとは思うのだけども、やっぱり花粉で目がしょもしょもしてるから、というのもあると思うのだ。現に今、私のあくびでとんでもない量の涙が出てきている。これは間違いない!花粉だ!…と、そんなことを考えていたらなんだか鼻がむずむずしてきたような気がする。プラシーボ?

『ねー刀也、ティッシュ取って』
「どこ?…これ?んーどうぞ」

勉強机に立つ大きな教科書の山のてっぺんに佇むティッシュボックスを細長い手でとって、刀也はこっちにそれを向けてくれた。「ありがと〜」とものすごい鼻声のままお礼を言い、遠慮なく鼻をかむ。
さりげーなく突然出てきたこの男は剣持刀也。私の幼馴染というか、腐れ縁というか。年頃の男女なのに部屋にいても何も感じないところがすでにお察しである。

『いや〜いいね、刀也がいるとティッシュを取りに行く手間がかかんない』
「終わってんな〜帰ってやろうか」

『別に帰んないくせに』とは言わないであげたまま、曲がり切った背筋をぐっと伸ばした。ずっと寝転がっていた体は自立することを拒否するみたいにボキボキと嫌な音を鳴らす。それに対する謎の対抗心から、両手で踏ん張ってベッドから立ち上がった拍子だった。
履いていたパジャマのスウェットのズボンがずり落ちそうになったのだ。あまりにも慌てて手でズボンのゴムの部分を持ち、なんとか胸を撫で下ろす。いやいやいや、さすがに幼馴染と言ったってそこまで捨てられないよ!女が廃るよ!

『…みた?』

恐る恐る刀也にそう聞くと、なんとも絶妙そうな表情が返ってきた。どっちなんだ、と思ったけど、多分これはどちらでもない。ちょっと見えたような気もするし別に見えてないような気もする。刀也の願望に従った方を信じていると思うけど、私はギリギリセーフだったと信じている。

『っていうか!これいつのまにこんな緩くなっちゃってたんだろ、直さなきゃ……って、あ』
「『あ』ってなにさ…あっ」

手を伸ばした腰元には、ずーっと長く床まで伸びた紐が一本だけだった。もう片方の穴はからっぽ。なにも見えない。
直すのをサボっていたせいで紐が中に入ってしまったとしか思えない光景だった。

『ん〜…これわたし苦手なんだよ〜…』
「やってやろっか?」
『やだ!なんかキモイ目してるから!』

つい強がってそう言ってしまったけど、苦手なのは本当で。
なんとかならないかと頑張って手探りに紐を寄せてみるけどなんか逆効果な気がする。これは果たして正しいやり方なのでしょうか。分からない。

「……やるから貸せよ」
『わっ』

器用な人間としては不器用がひとりでもだもだしていたのが気になったのか、刀也はぐっと抱き寄せるみたいに私の手を引いた。私よりもずっと背の高い刀也が膝立ちしているのもだし、私の腰元に刀也の顔があるのもなんだか気恥ずかしくてどうしよう。紐の穴の辺りを吟味したあと、刀也は長い指で私の骨盤をなぞった。

『(く、くすぐったい…)』

ただ真剣な顔で私の腰を撫でる刀也にそんなこと言えなくて、頑張って息を止める。埋まった紐のありかを見つけたらしく、刀也はゴムをぎゅっぎゅっと引き寄せて紐を穴の方に動かした。

「はい、できたよ」

最後に穴から隠れていた紐の先を引き抜けば完成!
刀也の満足げな顔を見て、なんだかこっちも謎の達成感が出てきた。
…それにしても、なんだか恥ずかしかった。いつもそんな目で見てないのに、なんでよりにもよってこんな絶妙なシチュエーションで刀也のことを意識してしまうのか!
少女漫画のようにいかない私が気に食わないけれど、そんなものなのかもとか、思ってみたり。

『刀也ありが…っくしゅん!ごめん、ティッシュ取って』
「自分で取りな」

…うーん、やっぱりこれはなんにもときめくような話じゃないのかも。
ただ、幼馴染に左右のバランスがおかしいズボンの紐を直してもらうだけの話だったんだって。私はそう、信じてる。

プリ小説オーディオドラマ