第217話

轟くんだから良い
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2019/12/20 10:25
感覚をジッパーの元に居た頃に戻そうとして必死でトレーニングをしていたからか、
眠りとの狭間にいても、誰かが私の背に立っていたのは気づいていた。


そして、その人物がずっとリカバリーガールとの会話も聞いていたのも。
あなた

どうしたの?

私はむくりと起き上がり、静かに振り返る。
それから、いつもの様に笑ってみせた。
あなた

何か言いたげそうだね。でも、先に言わせてね。ここまで運んでくれてありがとう、

あなた

轟くん。

轟 焦凍
轟くんは私に何も言わなかった。
只只、私にビー玉の様な綺麗な目を向け続ける。
あなた

轟 焦凍
あなた

沈黙だけが流れる。


遠くで鳴く鴉の声が何度もこだまする様に聞こえる。

雲は形を変え、留まることなく過ぎてゆく。

夕焼けの光はどんどん消え失せ、空にはチカチカと星達が瞬き始める。

弱くて、誰かが息を吹きかければ消えそうな星光。



その中に見えるのは、

私に今見えるものは、





『儚さ』だけだった。
あなた

儚いね、この世のものって。

こんな事を口走るなんて、明らかに変だ。


でも、何でもない、誰にでも分かることが、
人間はよく分かっていなかったり、気づけていなかったりする。


それは後が無い人間が見える、最後の特権なのかもしれない。
轟 焦凍
…そうだな。
あなた

うん、本当に儚い…永遠に残るものなんて無いもんね。特に、

私は「ふふ」と笑って続けた。
あなた

人は。

轟 焦凍
………ああ。
あなた

…それで、轟くんはどうしたの?私とこんな話をする為に来てくれたんじゃないんでしょ?

轟 焦凍
あなた

…?

轟 焦凍
あ………いや、なんでも無ぇ。
あなた

え?

轟 焦凍
気にしないでくれ。
あなた

そっか…分かった。

轟 焦凍
あなた

轟 焦凍
…それで、診察に行くのか?
あなた

やっぱり、轟くんだったんだね。最初からずっと保健室の前に居たでしょ?

轟 焦凍
分かってた、とは思わなかった。俺に聞かれて良かったのか?
あなた

うん、轟くんだから良いと思ったの。

轟 焦凍
…そうか。
あなた

うん。まぁ、診察には行こうかな、って思ってる。でも、打開策が無いのはもう分かりきってる事なんだ。

轟 焦凍
…?!
あなた

薬の力で強くなりすぎた個性に身体がついて行かなくなってる。それにこの薬自体、まだ世に出回ってない。

轟 焦凍
あなた

だから、元の個性の強さに戻せるなんて希望は端から持ってない。只、少しでも延命出来れば充分だって思ってる。

轟 焦凍
…お前、本当に…?
私は微笑んだ。

何も言わずに微笑んだ。


言葉には魂が宿り、それが実現するという。
口に出せば現実のものになる。

そんな迷信と言われたものにでも縋ってみたかった。


でも、私に『死なない』という断言はどうしても出来なかった。

だから、黙って微笑んだ。

それしか今は出来そうになかった。

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