第51話

最期のお願い
7
2026/05/10 11:30 更新
翌日。
告別式の時間がとうに始まっている頃、俺はまだ寝室の隅で膝を抱えていた。


カーテンの隙間から差し込む光が、今はただ痛かった。
スマホは何度も震えていたけれど、見る気にもならなかった。


俺は行けない……俺には資格がない……
昨日と同じ言葉を何度も繰り返す。
胸の奥の穴はさらに深く、暗くなっていた
その時、部屋の空気がふっと揺れた。
あなた
としくん
顔を上げると、そこにあなたがいた。
昨日と同じ、白く透ける体。
でもその表情は昨日よりもずっと強い光を宿していた。
としみつ
としみつ
……もうやめて
彼女は震える声で続けた。
あなた
私、もういないんだよ。もう二度と、現実の私はとしくんに会えないんだよ!
その叫びが胸を貫いた。
としみつ
としみつ
……っ
息が詰まり、言葉が出ない。
あなた
お願い。最期の私にちゃんと会って。あの場所にいるのは、みんなの記憶の中の私。でもそれが、本当の“さよなら”なの
彼女は真っ直ぐに俺を見ていた。
としみつ
としみつ
……俺なんかが行っていいのか?
ようやく絞り出した声は、かすれて震えていた。
としみつ
としみつ
人殺しの俺が……
あなた
違う!
彼女の声が鋭く響いた。
あなた
としくんは悪くない。私は行きたくて行ったの。最後まで笑って、最後まで見届けたかったの
その言葉に、心の奥の何かが崩れ落ちた。
あなた
お願い、としくん。私にとって最後のお願いなの。ちゃんと見送って。ちゃんと“さよなら”して
彼女の手が、透けながらも俺の頬に触れようと伸びてきた。指先は冷たいはずなのに、胸の奥は熱くなる。
としみつ
としみつ
……わかった
声が震えていたが、確かに頷いた。


次の瞬間、俺は玄関に向かって走り出していた。
靴をつっかけ、ドアを開ける。
外の風が頬を叩く。
そのまま、葬儀場の方向へ全力で駆け出した。


胸の奥にはまだ痛みがある。
罪悪感も消えていない。
けれど──彼女の願いだけは絶対に叶えたい。
としみつ
としみつ
待っとけよ……必ず行くから……
その言葉を風に乗せながら、俺は走り続けた。

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