第28話

#自己犠牲の優しさ
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2026/02/14 07:17 更新
甲斐田晴
あ、いらっしゃい。ごめん、突然呼んじゃって
杠葉美散
ううん、大丈夫。丁度暇だったし
甲斐田晴
どーしても納期が近い書類があってさ……一人じゃ絶対終わんないと思って。正直かなりありがたいよ
杠葉美散
私もちょっと研究者棟に用があったから。それに、この前の晴さんのお願いだけ消化できてないし
早速部屋に通して貰うと、繁忙期によく見る光景が広がっていた。

部屋一面を埋め尽くすように広がる資料や本の数々。

エナドリの缶も転がっているのを見る限り、どうやら本当に緊迫しているらしい。

今日来ておいてよかったかも……
甲斐田晴
美散にはこれやってもらいたいんだけど
杠葉美散
……なるほど、この研究成果をまとめればいいんだね?
甲斐田晴
そう!本当に期限ギリギリで……頼んだ
杠葉美散
任せて
杠葉美散
(……なるほど)
研究成果の資料ををパラパラと捲る。あくまでまだ発表前で、どれも見たことがないものばかりだ。

下手をすれば悪用される危険もある物をこうして任せてくれるのは、一種の信頼のようで誇らしい。

頼まれた資料を丁寧に書き写していく。その傍ら、晴さんは別のものを片付けていく。

普段祓魔師として魔を倒すことしかしていないから、別の職業を手伝えるのは新鮮な気分だ。


2時間ほど経ち、ある程度の資料は片付いた。

軽く伸びをし、晴さんに視線を向けると、ぐだっと机に突っ伏していた。
杠葉美散
大丈夫?晴さん
甲斐田晴
ん……?あぁ、大丈夫。ちょっと眠くて……
杠葉美散
もうかなり限界じゃない?寝たほうがいいよ
甲斐田晴
いや……この資料、届けなきゃ……あと、他にも……
杠葉美散
あー、もう!後のことは私がやっとくから!いいから寝ろ!
甲斐田晴
え、でも……っ……
杠葉美散
ちょ、急に起き上がったら危ないって!……大丈夫、私を信じて
甲斐田晴
……じゃあ、頼んだ……
杠葉美散
うん
限界が来たのか、意識を失い、再び机に倒れそうになるところを慌てて支える。

本当に油断も隙もない……こういうところが怖いんだよな。

晴さんを寝室まで運ぶために持ち上げようとすると、軽々持ち上がり一種の恐怖を覚える。

いくら私の力が強いとはいえ流石に軽すぎる。

これは今度景と藤士郎君を呼んで説教かな……

無事に寝室に運び終え、頼まれた資料を確認する。

どうやら持って行く先は私の用があったところらしい。

記入漏れや持ち忘れがないことを確認し、静かに晴さんの家を出た。
杠葉美散
……煌?来たよ
綾瀬煌
美散様!わざわざご足労ありがとうございます
研究者棟の端、とある一室に入ったあと、用があった人物を呼ぶと、すぐに部屋の奥から出てきた。

薄紫の長い髪をゆるく縛り、整った美しい顔を持ち、綺麗に手入れされた和服に身を包んでいる。

この人物こそ、私が用があった研究者、綾瀬あきだ。

煌は私専属の研究者で、頼んだことを調べてくれている。

晴さんともかなりの顔見知りらしく、こうして資料を送り合うこともよくあるらしい。
杠葉美散
これ、晴さんから頼まれた資料
綾瀬煌
あぁ、ありがとうございます。甲斐田さん、研究に根を詰めていませんでしたか?
杠葉美散
限界まで動こうとしてたから寝かせてきたよ。流石にあれは働きすぎ
綾瀬煌
甲斐田さんは研究者としての性がかなり強いですからね。尊敬できる部分でもありますが心配になります
杠葉美散
特に最近は現世でも活動するようになったから。前よりも忙しいんじゃないかな
綾瀬煌
そうですよね。美散様はどうですか?
杠葉美散
……どうって何が?
綾瀬煌
現世での活動のことです。祓魔師以外の仕事をするのはかなり驚いたので
杠葉美散
あぁ……楽しいよ。自分の知らない世界に出会えて、色んな人にも恵まれて……前よりも、幸せだと思う
綾瀬煌
それが聞けて良かったです。……すみません、一旦資料を整理してきますね
杠葉美散
ん、分かった
煌が部屋から出ていく。この部屋じゃない資料室へと向かったらしい。

部屋中にある資料。私はそのうちの一つが保管されている場所まで歩いた。

以前見つけた、煌が書いた“私についての”資料。
杠葉美散
……あった。これか
ケースに入れられた資料の束を一つ取り出す。以前見た時とほぼ同じ状態で保管されている。
杠葉美散
(……あれ?)
前に見た時は全て普通に記入されていたが、何箇所か墨か何かで塗りつぶされたような跡がある。
杠葉美散
……“何者かに触れられた形跡があるため、全体に於いて機密情報を消去するものとする”
杠葉美散
……気づいてたんだ
前に私が勝手に見たこと。

完全に戻したと思ったんだけど……やっぱり聡い。

だからこそ専属研究者として引き抜いたんだけど。

煌は優秀で上層部からもかなり重宝されていたから、私の方へと移ることになった時にかなり揉めたらしい。

本人が詳細を話してくれないから具体的に何があったのかは知らないけど。

揉めた一因に引き抜いたのが私っていうのもあったんだろうな。

だからこれが存在している。
杠葉美散
(上層部の中に、そもそも杠葉自体をよく思ってない人なんてごまんといるもんな)
大方私の動向を探らせるために煌にこれを書かせたんだろう。

けど、それがここにあるってことは、煌はこれを上に提出していない。

それに、最後の項目……今はほぼ塗りつぶされているが、これは私の一番の秘密であり重要事項だ。

これが記入されてるのは、上に渡す資料ならありえない。

多分、煌が個人的に私のことを観察しているのだろう。

その理由は煌しか知らないけど。


煌が戻ってくる前に、資料を戻しておく。まぁバレたらその時だ。
綾瀬煌
……戻りました
杠葉美散
おかえり。……あ、そうだ
杠葉美散
この前の、楪の件。調べてくれてありがとう
綾瀬煌
あぁ、あれですね。美散様のご命令とあらばお安い御用ですよ
綾瀬煌
知りたいことは分かりました?
杠葉美散
うん、ある程度は。気になってたことは解消したよ
杠葉美散
……あと、神呪家の資料。あれ送ったの煌だよね?
綾瀬煌
そうですね……不躾にすみません
杠葉美散
いいよ、別に。けど、なんで今更……
綾瀬煌
最近、手の者に神呪家の気配を感じたと報告を受けまして……
綾瀬煌
美散様が以前、神呪留希様について話していらっしゃったことを思い出し……現在分かることを調べ、ご報告させていただきました
杠葉美散
……そう
……まずいな。神呪家の気配が漏れているのか。

今までそんなことは無かった。あの封じられた場所さえ、何の観測もされていないというのに。

神呪家。神呪留希。


───私が隠したいことが世に出てしまうのも、時間の問題かもしれない。

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