第74話

断絶の足跡
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2026/05/09 05:53 更新
重厚な木の扉を押し開け、私は暗い廊下へと飛び出した。 













北さんの「完璧な世界」は、どこまでも静かで、どこまでも冷たい。









背後で閉まったドアの音が、退路を断つ処刑台の響きのように聞こえて、私はたまらず走り出した。











(もしかしたら……みんななの?)










廊下の向こう、入り組んだ屋敷の奥底から、激しい怒号と何かが壊れる音が反響してくる。
















裏切られるのが怖い。











これが罠だったらという恐怖が喉元までせり上がり、吐き気がする。










けれど、このまま何もせず、誰かの用意した「幸せ」の中に閉じ込められていることなんて、もうできない。










(お願い、嘘じゃないよね……。クロ……研磨……っ!)















裸足のまま、冷たい床を蹴る。










慣れない着物の裾が足に絡みつき、何度も転びそうになる。












それでも、必死に壁に手を突き、前へ、前へと体を投げ出した。














呼吸はとっくに乱れ、肺が焼けるように熱い。











視界は涙で滲み、心臓の鼓動が耳の奥で警鐘のように鳴り響く。











あの日、私の手を引いてくれた音駒の影を、その温もりを、ただ一筋の光として追い求めて。












(私が行かなきゃ……みんなが来てくれてるなら、私が……!)













角を曲がり、出口へと続く広い廊下に出た、その瞬間だった。















「ん?? あ!! あなたちゃんやーん!!」













あまりにも場違いな、陽気で粘り気のある声。











驚愕で心臓が止まるよりも早く、背後から伸びてきた逞しい腕が、私の体をすっぽりと包み込んだ。












「……っ、ひっ、!?」












逃げる勢いのまま、強い力でバックハグされる。









衝撃で肺の空気が押し出され、視界が激しく揺れた。










耳元で聞こえる、聞き間違えるはずのない、不敵な笑いを含んだ吐息。











「なにしとんの? こんなとこで」














金髪を揺らし、獲物を捕らえた愉悦に目を細める宮侑の顔が、すぐ隣にあった。










「あ、侑、くん……っ!? な、んで……」











パニックで頭が真っ白になる。









震える私の前に、ゆっくりとした足取りでもう一つの人影——宮治が立ちふさがる。














「ちょーどよかったわ。今から迎えに行こう思てたんよ」














治くんは、廊下の奥から響く「音駒」の奮闘を冷めた一瞥で切り捨てると、逃げ道を完全に塞ぐように私の目の前に立った。














「え、なんで……。ね、音駒、は……? 」













私が縋るように、絶望を押し殺してその名を口にした瞬間。











二人を包んでいたどこかふざけた空気が、ふっと霧散した。  










「…………」













治くんの瞳から温度が消え、底知れない暗闇のような色が差す。













「……ああ、やっぱり。音駒に会いたくて、あんな必死に抜け出してきたん?」













その静かな問いに、心臓が凍りつく。







治くんは私の絶望を指先でなぞるように、残酷なほど穏やかに笑った。













「残念やったなぁ。俺らに先、捕まってしもて」













バックハグの腕に、みしりと骨が鳴るほどの力がこもる。侑くんが私の首筋に顔を寄せ、低く喉を鳴らした。













「もう、従順なフリはせんの? 北さんの前ではもちろん……俺らの前でも、あんなにかわえかったのに」











その言葉に、息が止まった。









心の奥底、誰にも触れられない場所に「音駒」という光を隠し持ち、彼らが助けに来てくれるのを片時も忘れずに待っていたこと。











悟られないよう、ただ静かに、大人しく、与えられた役割を演じ続けてきたこと。


















その「秘めていた希望」さえも。















最初から、彼らには全部、見透かされていたのだ。













(バレてた……。従順に振る舞って、機会を待ってたこと、全部……)











底知れない恐怖が背中を駆け抜ける。













必死に逃げ出したはずの道の先に待っていたのは、温かな救いなどではなく、より深く、より逃げ場のない二匹の狐の腕の中だった。

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