夜は、思ったより静かだった。
紬がようやく眠りについたあと、
部屋には小さな寝息だけが残る。
あなたはソファに
腰を下ろして、無意識にお腹をさすった。
――もう、ここにはいないのに。
でも、体は覚えている。
あの重みも、痛みも、確かに生きていた証も。
「……起きてる?」
キッチンから淳太の声。
マグカップを二つ持って戻ってくる。
「……うん」
コーヒーじゃない。
ちゃんとカフェインレス。
そういうところが、胸にくる。
淳太はソファの反対側に座って、一度紬の方を見た。
起きていないか確認する目。
それが
もう、父親の目だった。
「……不思議やな」
ぽつりと言う。
「世界には何も言うてへんのに」
「俺の中だけ、全部変わってる」
あなたは少し考えてから言った。
「……それでいいんだと思う」
「紬は、知られなくても愛されてる」
淳太は小さく笑った。
「……強いな、その言い方」
「俺、ずっと思ってた」
一拍。
「隠すって、後ろめたいことやって」
「でも……今は違う」
あなたは黙って聞く。
「名前を呼ばへんのは、否定じゃない」
「守るためや」
その言葉が、
胸に静かに落ちた。
あなたは目を伏せたまま言う。
「……私、たまに怖くなる」
「この先、もし」
「淳太が“アイドルの中の人”に戻りすぎたらどうしようって」
正直な不安。
淳太はすぐに答えなかった。
しばらく沈黙。
それから立ち上がって、
紬の寝顔を覗く。
そして、振り返らずに言った。
「……戻られへん」
低く、でも確かな声。
「一回この子の手、握ったら」
「ステージのど真ん中に立ってても」
「頭のどっかにこの温度が残る」
あなたの目が熱くなる。
「……それでええ」
「.......それがええ」
淳太は初めて
振り返って、あなたを見た。
「アイドルは夢を売る仕事や」
「でもな」
「俺が立ってる夢の土台に」
「この家族があるなら」
「……それは嘘やない」
あなたは涙を拭って、笑った。
「俺らは、続く」
その言葉に、あなたは頷いた。
部屋の奥で、紬が小さく身じろぎする。
ふたりは同時に立ち上がった。
声を潜めて、同じ方向へ歩く。
並んだ背中。
それが、もう答えだった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。